6.隣国の皇子
「アリス。私たちも今のうちに、皇子殿下と皇女殿下にご挨拶しに行きましょ」
「え……あ。はい」
会話が途切れたのを見計らって、ルシアはアリスの手を引き、ローレンス皇子の列の最後尾まで誘導する。
他人目にはアリスがエスコートしているように見せつつ、実際には完全にルシアが引率している形だ。
普段は魔物をぶった切ってばかりで、こういう場には縁のなさそうなルシアだが、なかなかどうして手慣れたものだった。
無骨な鎧姿にも関わらず、その立ち振る舞いはきらびやかなドレスを着た貴婦人たちより優雅で美しい。
怖い程の美貌も相まって、彼女も老若男女問わず会場中から熱い視線を一身に浴びているが、本人は全く気に留めた様子もない。
「いい?殿下も大勢お相手するのは大変だから、私たち騎士は名前だけ名乗って、あとは聞かれたことだけお答えするの」
一緒に列に並びながら、ルシアがアリスにそっと耳打ちする。
「な、なるほど」
アリスは緊張した面持ちで、元直属上官の助言にコクコクと頷いた。
どうやら騎士のみに限らず、貴族たちも一言二言挨拶をしているだけのようで、長蛇の列の割に二人の番は思ったよりすぐに回ってきた。
「私は〈星芒騎士団〉一番隊隊長のルシアと申します。こちらは七番隊隊長のアリス。本日はお目にかかれて大変光栄ですわ、殿下」
普段はどちらかというと表情が乏しいルシアが、美しい顔に美しい笑顔を湛えて、美しく騎士の礼をする。その場の誰もが息を飲むような光景だった。
その横で、アリスがぎこちなくそれを真似る。
「……やあ、はじめまして。あなたがあの【黄昏の魔女】のルシアさんですか!それから、そちらが最年少で星の騎士の隊長になられたという【星屑】のアリスさんですね。こちらこそ、直接お会いできてうれしいです」
隣国の第三皇子がその深い海のように蒼い瞳を輝かせて、笑顔でルシアに応じる。
その謙虚で誠実な話し方と、驚くほど整った完璧な笑顔と、そして何より自分ごときの称号まで知っていたことに、アリスはちょっとした衝撃を受けていた。
「一介の騎士でしかない私どものことまでご存じでいらしたとは。身に余る光栄です」
ルシアが再び丁寧に礼をする。
「いやいや、どうか気楽にしてください。……それにしてもこんなにも美しい方だったとは。【魔女】のイメージが変わりますね」
ローレンス皇子の言葉には嫌味が全く感じられない。
爽やかな笑顔で言葉を続ける。
「ルシアさんやアリスさんのように若くて有能な隊長さんがいらっしゃって、貴国はこの先も安泰ですね」
その後もルシアとアリスは皇子と二つ三つ会話を交わしてから、もう一度騎士の礼をして皇子の前を離れた。
その際に、皇子の傍らにいたローエンデール騎士団の大柄な男と目が合った。
アリスがぎこちなくお辞儀をすると、その騎士も柔和な笑みを浮かべて軽く会釈を返す。
だがその目には、ローレンス皇子と違って明らかに冷ややかな光が宿っているようにアリスは感じた。
「次は皇女殿下ね。行こ」
ルシアがアリスを先導して今度は皇女の前の列に向かう。
「皇子殿下はすごく良い方でしたね。それに気づきましたか?あの魔力」
皇子の前を離れると、アリスは心なしか興奮した面持ちでルシアに話かけた。
彼にしては、いつになく饒舌だ。
「そうね。本当に素敵で、優秀な方だと思うわ」
ルシアも小さく頷いた。
「……私たちのことも好意的に見てくださっているみたいだしね」
だがルシアのその言葉には、やや含みがあるようにも感じられる。
「それより、分かっていると思うけど。みんながみんな、皇子殿下のような方ばかりではないからね……そもそも歴史的にナディアを良く思っていない人もたくさんいる国だから」
さらに声のトーンを落として、ルシアが囁いた。
「もしかして、殿下の隣にいた大柄な騎士もそうですかね?」
アリスも声を押し殺して尋ねる。
「そうかもね。でも彼は全然ましなほうじゃないかしら……余計な軋轢を生まないように、あなたもくれぐれも慎重にね」
「う。そう言われるとなんか緊張するな……」
それを聞いてアリスはとたんに憂鬱になる。
戦場なら、怪物から向けられる強烈な殺意などいともたやすく跳ねのけられるのに。
人から向けられる敵意はいつも苦手だ。胃が痛くなる気がする。
王宮内でもそうだ。
所属する騎士団の中でさえ一部の者たちから好かれていないことは嫌と言う程感じているが、いつまでたっても慣れることはない。
シュカやディートクリフのように動じない強い心が持てればいいのに、といつも思う。
アリスは胃のあたりをそっと手で押さえながら、杞憂であることを祈りつつ順番を待った。
——だが、残念ながらルシアの言うとおりだった。




