83.『剣士殺し』ウガルルム
今日から第二部最終章のスタートです!
ギイン、ギィン——!!
激しい金属音が絶え間なく木霊する。
「くっ!」
アリスの輝くレイピアと、嵐を纏う怪人の四本の三日月刀が目にも止まらぬ速さで打ち合わされ、激しい火花を散らし、剣戟を響かせる。
試合開始直後から、すでに十分近く、ほぼ休みなく剣と剣との応酬が続いてる。
「す、凄い……!」
貴賓席で、皇女がその一進一退の攻防に呟きを漏らした。
いくら剣の覚えがあるとは言え、正直なところあまりに速過ぎて何が起きているのかは把握しきれていない。
それでも、実力が拮抗しているのは分かる。
「四本の斬撃を、細剣一本でいなすとは!」
騎士ハルドールも驚嘆の声を上げる。
「ふん、あの程度の速度、大したことないわ。……なあ、ケリー?」
「あ、ああ……そ、そうだな……」
一方、メーリックは不機嫌そうだ。突然振られたエーヴェルは慌てて取り繕った。
「……確かに、疾い」
その二人を冷たい目で一瞥してからまた視線を闘技場に戻し、兎人の少女が呟いた。
「確かに疾さはそこそこ……けど、それだけじゃあ、足りねえな。まずパワーが圧倒的に足りねえ」
「……アリスもあの見た目の割には馬鹿力なんだけどね。神獣と比べられると……流石のボクも、あいつがちょっと不憫に思えて来るよ」
褐色の肌のエルフの言葉に、オルフェは呆れた顔だ。
「でも、押し負けてるわけでもないですよ、ほら!」
第三皇子が指差すその先では、少女のような小柄な騎士が四本腕の猛攻をかいくぐり、レイピアの輝く刀身を下のほうの右腕に叩き込んだ。
上腕部が大きく切り裂かれる。
人間や動物であれば赤い血が噴き出るところだが、聖霊の怪人の腕からは、血の代わり光の粒子が立ち上っている。
「!?」
だが、数瞬の後、ぱっくりと割れた傷口がみるみる塞がっていく。
「再生!……しかも凄い速度だ」
騎士クラウディスが目を見開いた。
「細剣は相性が悪い」
兎人の少女、ククルが誰にともなくぼそりと呟く。
「相性?」
思わず聞き返す隣国の皇子に、ククルの代わりにガンドルが口を開く。
「鋭利な刃物ほど、損壊する細胞は少ない。この場合、銃弾も同じじゃがな。つまり、あやつにとっては損傷部位の接合も修復も容易くなるというわけじゃ。しかも見てくれが人型であろうが、聖霊には人間のような内臓もないからの」
「それはつまり、剣や銃は効かないということですか?」
「違う。全く『効かない』ってわけじゃない。でも、あの細い刀身じゃあ、たぶん何百回も攻撃を当てないと、ウガルルムを斃せない。それまでに、きっと日が暮れちゃう」
ローレンスの疑問に、今度はククルが答える。
「あ!アリスさまが……!?」
その時、セシリアが小さな声を上げた。
盤上の小柄な騎士は後方へ大きく跳び退ってウガルルムと距離を取ると、おもむろにレイピアを一振りしてから、腰の鞘に納刀する。
そして代わりに、その小さな背に取り付けた長大な鞘から、ゆっくりと大剣を引き抜く。
両手で柄を握り、腰を低くして構える。
「なんとあの小僧、レイピアをしまいおったぞ。まさかあのデカい剣で、ウガルルムの四本の三日月刀を全て凌ぐつもりかの」
「何、あれ。とっておきの魔剣か何か?」
「まさか。……ただの大剣だよ。一応、ミスリル製だとは思うけど」
ガンドルとククルが怪訝な顔をする横で、オルフェが肩を竦める。
「ふん、血迷ったか。軽い細剣だからなんとかあの猛攻を捌けたのだ。あんなものであの怪物の四本腕を受け流せるものか」
「いや、レイピアではじり貧と見て、一か八かの攻撃に掛ける腹積もりのようにも見えるぞ」
エーヴェルは鼻で嗤うが、ハルドールはそれには賛同せず刮目して眼下を見やる。
「でしょうな。だがいずれにせよ、あれでは連撃を捌ききれん。早まったな」
メーリックも「勝負は決まった」とばかりに鼻を鳴らした。
「どうかな。悪手ってわけでもないと思うよ」
だが、オルフェもそれには賛同しない。
——おおおッ!!?
闘技場で再びアリスとウガルルムが衝突する。
会場がどよめく。
「!?」
二人の銃士の予想に反し、アリスの大剣は、四本の腕から繰り出される嵐のごとき怒涛の連撃を、両手に持った輝く大剣一本で対抗している。
「アリスさま、すごいわ……だけど、どうしてかしら?」
「負けている腕力を、両手と剣の重量で補っているんですよ」
セシリアの呟きに、オルフェが答える。
「刀身が細くしかも片手持ちのレイピアでは、”受け流し”て軌道を逸らすしかできなかった。でも、今のあいつのスタイルなら真正面から神獣の攻撃を”受け止め”、”はじき返す”こともできる。戦術のバリエーションが増えたと言えますね」
「なるほど!それは攻・防ともに戦力の向上が期待できそうですね」
それを聞いたローレンスが目を輝かせる。
事実、ウガルルムの攻撃回数が、先刻の怒涛の連撃と比べて目に見えて減っている。
アリスの大剣に弾かれ、凶暴な怪力に任せた連続攻撃が繰り出せなくなっているからだ。
「まあ、その通りですね。その通りなんですが……」
一方のオルフェは歯切れが悪い。
おおお——っ!?
ふたたび、客席から歓声が上がった。
少女のような小柄な騎士が渾身の力で二本の三日月刀を下から跳ね上げると、屈強な狼の戦士が初めて体勢を崩した。僅かにのけぞって、たまらずその猛禽類のような左足を一歩後ろへ踏み出す。
その隙を見逃さず、アリスはその矮躯には不釣り合いに長大な剣を薙ぎ払う。
剣閃が漆黒の神獣の脇腹を水平に切り裂く。
その裂傷はウガルルムの右の脇腹から左の脇腹までを大きく切り拓いた。
傷口から光の粒子が大量に溢れ出す。
「やったか!?」
クラウディスが目を見開いた。
「!」
だが、光の粒子を大量に垂れ流すその大きな裂傷も、見る間に傷口が塞がっていく。
「あれだけの傷でも、一瞬で治ってしまうのか……!」
ローレンスも驚愕の声を上げた。
「あの子の大剣も、所詮は切り裂くことを目的とした刃物。せめて『面』の攻撃ができる打撃武器なら、ウガルルムの再生も多少は時間がかかったんだけどね」
ククルが表情の乏しい顔で、説明する。
「〈星芒騎士団〉の十八番の《光の剣》が、ただ単に切れ味を良くするだけのモンなら、ウガルルムとの白兵戦じゃあ勝ち目は薄いってことだ」
レンはそう言ってオルフェに顔を向け、ニヤリと笑った。
「……”隠し玉”的なやつを期待してるとこ悪いんだけど、アリスの光剣は、ただ切れ味を良くするだけだよ。あいつは異能もないしね」
オルフェは「はぁ」と大袈裟に溜め息をついてそれに答えた。
「ふん、さんざん人のことを大人げないとか非難しおってからに」
ガンドルもオルフェを真似て大袈裟に溜め息をつき——オルフェに思いっきり嫌そうな顔で睨まれた——そしてやれやれと言う感じで首を振った。
「モニカも大概じゃろうが。何せウガルルムは『剣士殺し』。剣では万に一つもあの召喚獣に勝てんわ」
「ハッ、どうだかな」
だが、何故か褐色のエルフが意味深なことを言う。
「——モニカがそんな詰まらねえことはしねえだろ。どっかのクソジジィと違ってな」




