5.国交再開記念祝賀パーティー
一週間後——聖王歴九六八年、四月。
予定通り、ローエンデール皇国第三皇子と第六皇女がナディアに到着した。
本格的な春の到来によりレグルス中の桜が咲き誇る中で、二国間の国交再開記念式典が大々的に執り行われた。
ナディアにとっては国を上げての一大イベントであり、王都全体がお祭り騒ぎだ。
当然、王都中の騎士たち、兵士たちは総動員で駆り出され、厳重な警戒体制を敷いている。
隣国からは、第三皇子・第六皇女とともにローエンデールの貴族、上級騎士、兵士など総勢五百名がレグルスに訪れていた。
ローエンデールはかつてこの大陸の覇者として一大帝国を築き上げた、最も古い国の一つである。
その起源は聖王歴百年代にまで遡り、実に五百年間もの間大陸全土の覇権を握っていた。
今からおよそ三百五十年前には衰退し始め、現在では支配下にある属国は無くなり『帝国』ではなくなったが、今でも『王国』ではなく『皇国』と称され、王族たちも『皇王』『皇子』『皇女』と呼ばれている。
実質的な支配従属関係にはないものの、諸国の王たちも敬意を持って接するのが習わしだ。
ローエンデールの一団は一昨日の昼過ぎにレグルスに到着すると、同日中に事前の挨拶や準備を済ませていた。
そして一息つく間もなく、昨日と今日の二日に分けて開催されている記念式典に参列している。
レグルスの市民たちは、八百年以上の歴史を持つ隣国からの使者たちを一目見ようと、式典が行われた中央広場の周りに殺到していた。
式典の間中、民衆たちはローエンデールの誇る騎士団、銃士隊、軍兵団の華やかかつ荘厳ないで立ちに興奮しっぱなしだったが、それ以上に彼らの目を釘付けにしたのは、齢十七歳のローレンス皇子と、十一歳のセシリア皇女だった。
煌めくプラチナブロンドの髪に、雪のように白い肌。
豪華で上品かつきらびやかな衣装を身に纏った若い二人の皇族の姿は、その完璧な立ち振る舞いも手伝ってか、どこかこの世の者とは思えないような、神々しいまでの美しさを湛えていた。
二日間に亘る式典が無事終了した今、レグルス中の酒場ではどこもローエンデールの皇子と皇女の話題で持ち切りだ。
アルコールの力も手伝って、「ローエンデールは千年前に天界から降りてきた天使が興した国らしい」などという、根も葉もない噂がそこかしこでまことしやかに語られていた。
ローエンデール皇国がどこまで当初から意図していたかは定かではないが、そもそも歴史的にはナディアと軋轢の多かった国だ。
記念式典への参加の目的に隣国の民衆の心を掴む狙いがあったのだとしたら、ローレンス皇子とセシリア皇女を派遣した彼の国の戦略は大成功であったと言える。
レグルス中の酒場でも市民たちの自発的な宴会が行われているが、式典に参加した主賓たちにも場所を王宮に移して酒の席が設けられていた。
ナディア王宮内で最も広く豪華な大広間だ。
第三皇子と第六皇女を含めたローエンデールからの使者およそ三十名、そしてナディアの王族および子爵以上の爵位を持つ貴族およそ三十名と、上級騎士たちのうち、隊長格以上のおよそ百名が参加している。
給仕の者や音楽隊の者なども含めると、総勢二百名を超えていた。
王族や貴族たちはパーティー用のタキシードやドレス姿だが、アリス達騎士団の隊長たちは皆、今宵の祝賀会の場でも正装——つまり鎧を身に着けたままだ。
表向きは有事の際の要人警護も兼ねているとしているが、実際のところは一種のパフォーマンスの意味合いも強い。
特に大陸でも知らぬ者のないナディア最高戦力たる〈星芒騎士団〉が、人目を引く白色の鎧に蒼色のマントを纏って整列する姿は壮観で、ナディア・ローエンデールを問わず、貴族たちは感嘆の声を上げていた。
Ψ
「おお。みんないる……!」
アリスも自分の所属でありながら、久しぶりに〈星芒騎士団〉の団長・副団長以下、現在欠番となっている九番隊を除き、一番隊から八番隊までの隊長たちが一同に会しているのを見て、少なからず感動していた。
サボり癖があることで有名な二番・三番隊長の二人も、今日ばかりは参列している。
ちなみに二人とも、若干アリスの苦手なタイプだ。
でも、あまりに自由な彼らの性格は、真逆のアリスにしてみればある種羨ましくもある。
そんな二人も、今日はちゃんと正装して、ちゃんと貴族たちとの歓談に混ざって、ちゃんと『隊長』をやっている。
当たり前と言えば当たり前だが、ちょっとした驚きとともに、やはりアリスは居心地の悪さも禁じ得ない。
改めて見渡すと、養成学校の訓練生だったころから憧れていた超大物ぞろいだ。アリスにとっては自分が同じ場所にいることが、何となく場違いに思えてならない。
一方ローエンデール側はと言うと、やはり彼らもまた豪華な顔ぶれであった。
外交に明るいとは言い難いアリスですら、名前くらいは効いたことのある有力な貴族たちばかりだ。
一部の公国・侯国を除いて中央集権国家であるナディアと異なり、封建制で成り立っているローエンデールにおいては、彼ら一人ひとりが領土を持つ領主たちと言うことになる。
そしてナディアと同様、軍人としての正装を身に着けてパーティーに参列しているローエンデールの『騎士団』や『軍兵団』、それから国王直属の親衛隊である『銃士隊』所属の者たちの豪華絢爛な出で立ちは、ナディアの〈星芒騎士団〉にも引けを取らず、参列者の目を引いていた。
『ローエンデール騎士団』の者たちは、兜こそ外しているが、重厚な全身鎧を纏っている。
その丁寧に磨き上げられ銀色に輝く分厚い甲冑の胸の部分には、獅子を象った金色のシンボルがあり、その出で立ちをより一層華やかなものとしていた。
『銃士隊』は、『騎士団』と比べるとかなり軽装に見えた。
薄手の鎖帷子の上に洒落たサーコートを纏い、さらにその上に華やかな紅色のマントを羽織っている。
腰には軍刀と、彼らの象徴たるローエンデール式の回転式大型拳銃が下げられていた。サーコートの胸の部分には、ひと際目を引く鮮やかな銀色の鷹の紋章が刺繍されている。
最後の『軍兵団』については、そもそも祝賀会への出席数が他の軍人たちより少ないようだった。
その武装も華やかな『騎士団』や『銃士隊』のそれとはだいぶ趣が異なっている。
小さな金属片をつなぎ合わせたその鎧は機動性を重視して設計されたと思われるが、飾り気がなくやや地味な印象と言えなくもない。
鱗片鎧の肩パーツ部分には、銅色をした狼の象徴が刻印されている。腰にはわずかに湾曲した軍刀を佩いている。
アリスが以前学んだ知識によれば、家柄を重視するローエンデールにおいて、確か軍兵団のみ、出自や身分に関係なく入団できることから、平民出の者が多いという話だったはずだ。
今夜の祝賀会に参列している軍兵たちの武装は軍刀のみだが、戦場では銃剣や槍を多用し集団戦闘を得意とすると聞く。
給仕の者たちが忙しなく大広間のそこかしこを行き来し、今日の日のために集められた一流の音楽隊が絶え間なく和やかなメロディを奏でる中で、立食形式で両国の貴族や騎士たちが歓談をしている。
自然と両国の皇族・王族の前には挨拶待ちの列が形成されていた。
それでなくとも人目を惹く外見の上に、“最年少騎士隊長”という話題性抜群のアリスのもとにも、ひっきりなしにローエンデールの使者やナディアの貴族たちが集まっていた。
一人一人に愛想よく振る舞いつつも、アリスの額には玉のような汗が浮かんでいる。
「そろそろ限界かな......?」
しばらくはそれを遠くから見守っていた元上司のルシアだったが、だんだんと笑顔が引きつり始めたアリスを見かねて、救いの手を差し伸べにやってきた。




