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プロローグ 俺の魔力の始発点

 ——十年前、新王朝暦201年某日、セプテン王国、祝氷の森にて——



 「大精霊様!あれ、もう一回聞かせて?『予言』ってやつ!」



 木漏れ日の差し込むこの静かな森には、他の全てを圧倒するような大樹が聳え立っている。その根元では、薄い緑色の瞳をキラキラと輝かせている耳の尖った少女と、妖艶な雰囲気を纏った、同じく耳の尖った美しい女性がいた。



 「ははは、可愛い我らの子よ、この話はもうこれで五度目だと思うのだが……良いだろう。では……」



 そうして女性は穏やかな口調で少女に語りかけ始める。



 「近い未来、この地に再び『転生者』が現れる。転生者は、どんな時代であっても世界の転換点に現れた。非凡な魔力マナと、魔物のように特殊スキルを持つ彼らは、一時代における絶対的な主人公である。この時代の転生者は三人。この長い人類史の中においても、三人の転生者が同時に存在するのは初めてのことだ……しかし、やがて紡がれる結末の中で、その場所に立っている転生者は一人のみ……その結末を描くものこそ、真の主人公と言える。そして、その候補となりうる者たちの名は……『猛追する狂人』、『一貫した貴人』、そして……」



———そして現在、同所



 「『反逆の盗人ぬすっと』……キミがそうなんでしょ?……名もなき盗人さん?」


 「……そう、かな」



 血、虫、腐敗臭、氷……それらをまとう耳の尖った少女は、腐りきった変死体のようにしか見えない。そんな光景に俺はただ茫然と立ち尽くすしかなかった……何の因果が俺たちを引き合わせたのだろうか。

 転生してかれこれ数時間、色々な出来事が次から次へと押し寄せて、混沌に頭が呑まれそうになりつつも、ようやく希望が持てそうになってきていたというのに、よりにもよって出会う必要のない存在と出会ってしまった。そう、こうなったのも全て、少し前に起きたとある事件が原因で……



━━━数時間前━━━



 ついさっきのことだ。日本で普通に高校生活を送っていた俺、「緋響ヒビキ カナタ」は親友だったとある人間に殺されてこの世界に転生した。

 なぜそんなことになったのかはよく覚えてない。でも、とても複雑な理由だったことだけはなんとなくわかる。そうして後悔を残して死んだものだから、俺は記憶と容姿を保ったままこの世界に転生したようだ。


 その後しばらく、俺は右も左もわからないまま近くの森の中を彷徨っていた。その中で一際目立っていたのは、すべての植物が凍り付いている、近寄るのも躊躇うような広場だ。何か神聖な気配があるような、そんな感じ……

 だが俺は躊躇いよりも好奇心の方がまさった。凍った草花を踏み砕きながら中心に恐る恐る歩いていくと、ある場所で地面が突然固くなったのを感じた。氷かとも思ったがどうも違うようだ。よく見ると鱗のようなものも見えてくる。



 「……これあれだ……ドラゴンってやつだ……起こす前に逃げよ……」


 「おい……待て」



 俺はそろりそろりとその場を立ち去ろうとしたがその時、足元から太く響き渡るような声が聞こえてきた。



 「……!いや、まさかな……気のせいだ、気のせい……さっさと立ち去ろう。うん、それがいい」


 「おい待てよ!待てって言ってるでしょうが!何?ここの魔力で鼓膜破れちゃった?」

 


 今度は衝撃波のような声が俺の体を飲み込んだ。



 「わッ……!?ごめんなさいごめんなさいっ!前世のツケとかならなんか違う形で払いますからっ!!」



 俺はアルマジロも驚くような速さでうずくまって頭を覆った。一瞬で冷や汗が三日分は吹き出したようだった……正直死も覚悟した。

 だがいくら待っても爪も牙もブレスも降りかかってこないので恐る恐る顔をあげてみると、周囲の木々よりも遥かに巨大な体に、空を覆い尽くすような翼を持った真っ青なドラゴンが猫のようにおとなしく座っていた。



 「はぁ……少年よ、別に貴様を襲ったりなどせぬから安心するといい……第一、この身に貴様を襲うような力は残されていない」



 ……そう言われてみれば確かに、ドラゴンはどこか気力のない表情をしているように見える。



 「はあ……それで、あんたは一体……」


 「この身は氷塊竜・シルヴァ=グラキアータ。人間どもが勝手に呼んでいる名だ……本当の名はない。それで、出会って早々悪いが、貴様に頼みたいことがあるのだ」


 「だが断る」


 「この身を……ん?待て、なんと言った?いや、この身まだ何も言ってないが?」


 「だってこんな強そうなドラゴンからの頼まれごととか絶対めんどくさいじゃねーの……そもそも、そういうことなら他をあたった方がいいぞ?こちとら色々あってこの世界に転生したばっかりで右も左もわかんねぇんだっての」



 異世界に転生して、ドラゴンに出会い、そのドラゴンから試練を与えられる……みたいなテンプレ展開、普通なら願ったり叶ったりなんだろうが、俺に関しては今のところなんの力も持たない一般人……正直負担が増えるだけなので、クエストスルーをかましていきたいところだ。

 しかし、諦めさせるために言ったはずの言葉に、なぜか氷塊竜は余計に興奮したような態度を見せた。



 「待て、今……転生した、と言ったか?」


 「……まあ、うん」


 「それならば適任と言っていいだろう!転生者など、これ以上ないほどの適任だ、そうに決まってる!」


 「なっ、なんでそうなるんだよ!くそ……まあいいや、それで、何をして欲しいのさ」


 「うむ、単刀直入に言えば、この身を殺して欲しいのだ」


 「余計無理だろうが!?……なんだ?この世界でも異世界転生物って流行ってんのか!?……言っておくが、俺は一部カテゴライズの転生者みたいにチート能力に目覚めたりしてるわけじゃないんだからな!?」



 そうやってツッコミを入れてみたが、なぜか氷塊竜には微妙な表情をされた。現代のファンタジー事情はこのドラゴンには少し難しかったようだ。

 


 「……ふむ、なんのことを言っているのかよくわからないが、自分の力を卑下する必要はないぞ。この世界に転生してくる者は、皆類い稀なる力を持っている。

 この身はこれまでに五百三十の都市を壊滅させ、千四百二十五の村を永久凍土に還し、のべ五十八万三千うんたらかんたら人の人間を天へ召してきたが、そんなこの身も老いには勝てなかったのだ……

 壊滅と蹂躙の元で生きてきたこの身の最期は、圧倒的な強者に討ち取られることこそ相応しい……だから頼む。この身にその転生者の力でとどめを刺してくれないか」



 氷塊竜はかなり真剣な声のトーンで俺に頼み込んできた。しかし、死にかけのドラゴンとは思えないほどの気迫なのだが、本当に死にかけているのだろうか……死にかけでこれなら、全盛期はどれほどの力を持ってたのだろう……

 何にせよ、これだけの力を持つドラゴンが俺に最期の頼みをしているのだ。答えてやらねばならないだろう。俺はすでに広場の外側へ向きかかった足を戻し、氷塊竜向き合った。



 「……わかった。俺があんたにとどめを刺せばいいんだな?…って言っても、どうやればいいのやら……」


 「心配はいらない。マナの使い方はこの身がしっかりと教えてやる。さあ、この身の背中に乗るといい」



 氷塊竜はそう言って体を倒し、俺に背中に乗るよう促した。触ってみるとさすが氷塊竜といったところか、結構ひんやりしていた。しかしどことなくぬるいような感じもするのはなぜだろうか……



 「よし。少年よ、この身の首に小さな傷がついている場所がわかるか」


 「え?……ああ、ここか……鱗にヒビ?みたいな……」


 「そこがこの身の弱点だ。二百十三年前に現れた転生者がつけた傷……完全無欠だったこの身に唯一の弱点が刻まれてしまった。そこに貴様の全力を叩き込めば、この身は今度こそ死ねるだろう……

 さあ、イメージするのだ……身体に流れるマナを。貴様のマナは身体中を駆け巡り、やがて一点に収束し、爆発する。それは竜殺しの聖なる拳悪しき竜王の身を清めるであろう……」



 ……俺は氷塊竜の言葉に合わせて、目を瞑って自分のマナの流れを感じ取ろうとした。確かに、前世では感じられなかった何かが身体の中をうごめいているような気がする。そしてそれが一点に収束し、爆発……拳の先に全てを乗せて氷塊竜を打ち砕く……



 「なんか、掴めたかも……!」



 うまく表せない感覚だが、俺は全身の力を全て身体の外へと向けるように意識した。そして拳から発せられる衝撃が、氷塊竜の厚い鱗を貫くことをイメージする……

 その瞬間、俺の中のマナは拳から真紅のオーラという形で実体化した。まだ不安定なところもあるが、そこにある力はひしひしと伝わってくる。



 「……これ、出来てる!?」


 「ああ、上出来だ!それならば、この身を穿てるであろう!……少年よ、最期に、これからこの身を滅ぼす人間の名を聞いても良いか?」


 「……!……緋響カナタ……だ」


 「そうか……ヒビキカナタ……氷樹の王の名の下に感謝致す!そして全人類に誇るがいい!己こそ、竜殺しの大英雄だと!」


 「ああ……さようなら……少なくとも俺は、あんたに敬意を表するよ」



 そして一瞬の間が開いた後、赤い拳は悪竜の傷口を貫き、静寂に包まれた森の空気を全て吹き飛ばすかのような轟音を響かせた。



 「……ヒビキカナタ……改めて、感謝を伝えよう」



 氷塊竜の体はこの一撃で完全に砕け散ってはいたものの、それでもまだどこかで意識を保っているようだった。さすがとしか言えない生命力だ……


 「氷塊竜……あんたは……」


 「この身に同情するようなことは言うな。貴様が思っている以上に、この身は恨まれ、殺されても当然のことを数多くしてきている……優しさとは、生きとし生ける全てのものに抱擁を与える物だが……その優しさが、時に自らの首を絞めることになることを忘れてはいけない。……だから……」


 「冷徹に殺してここを去れって?……いや、」



 俺は氷塊竜の身体の一部だったものにそっと手を触れた。……何故だかとても暖かい。



 「確かにあんたは最悪なドラゴンだったんだろうよ。でも、そこにあんたなりの生き様があったんだってことを俺は無視したくない。だから今はとにかく……俺に優しくいさせてくれ」



 氷塊竜はこれ以降何も口にしなかった。身体の破片は青い光の粒となって空の彼方へと散っていき、森を暖かく包み込んだ。気づけば周りの草木も凍結から解放されている。



 「氷塊竜……まあ、なんだ……一応感謝しておくべきかな」



 ……その時だった。俺の身体の内側に何かが突然入り込んできた。いや、湧いてきた?の方が正しいか……とにかく確かなのは、これが自分のものではないと言うことだ。でもこれの力はついさっき感じたばかりのような……そう、氷塊竜のそれとほとんど同じだ。



 「これは……どういう……ん?」



 ……そう、ここで現在に戻る。遠くにちらっと見えた何かを軽い好奇心で見に行ったことが運の尽きだった。氷塊竜の力などどうでも良く思えてくるような状況……

 目の前には、骨や肉が所々見えていたり虫がたかっていたりして腐敗しているようにしか見えない生きた少女……彼女は俺を「反逆の盗人」と呼んでいる……


 「君は……」


 「盗人さん……キミのせい……キミが氷竜様を殺したから、私は死んじゃうんだよ?」


本日のご都合カット(尺の都合で入らなかったシーン):〜氷塊竜の裏話〜


 ━━━カナタが転生してくる数日前

 この身は氷塊竜・シルヴァ=グラキアータ。まもなく死ぬであろうしがないドラゴンだ。これでも数十年前までは各地を荒らして回っていた魔王級モンスターの一体だったのだぞ……

 ところで、この身を討伐しに来た勇気ある人間に決まって聞かれることが一つある。それは、「なぜお前の一人称はそんな独特なものなのか」だ。……そんなことを聞かれても、この身の一人称はずっと前、何ならこの世に降臨してからずっと「この身」であるが故、はっきりと答えられるものはないのだがな……ん?


 氷塊竜の目に、一瞬だけ一人の少女が写った気がした。耳の尖った可愛らしい少女が。


 「今のは……そうか、まだいたのか。……すまない竜の子よ、貴様を巻き込んでしまうことになるのは不本意だが……どうかこの身と眠りについてくれ」


 そう言って氷塊竜は地面に穴を掘ると、丸まってその中に入り込んだ。そして静かに目を閉じる。死せるその時が来るまで。

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