どうも、第100王妃のアマリアです
「どうも、第100王妃のアマリアです」
男爵家令嬢のアマリア・レスタンはドレスのスカートの端を摘まみ、99人の先輩王妃に向かって恭しく一礼する。
所作そのものは完璧だったものの、気怠げな表情と物言いからはやる気というものが微塵も感じられず、先輩王妃たちの中にはそのことを不快に思う者も少なくなかった。が、そんなことなどアマリアは知ったこっちゃなかった。
(わたしも含めて100人の王妃ですか。いくらなんでも多すぎでしょう)
心の中で至極もっともなツッコみを入れながら、アマリアは自分が第100王妃になった経緯を思い返す。
遡ること三ヶ月前――
「よくやった、アマリア!」
顔を合わすや否や、突然抱きつこうとしてきた父――レスタン男爵をかわしてから、アマリアはいつもどおり気怠げに答える。
「よくやったとはいったい何の話ですか、お父様」
「選ばれたのだよ! お前が! レウルス様の100番目の王妃に!」
喜色を露わにする父親とは対照的に、アマリアは「うへぇ……」と心底嫌そうな顔をする。
爵位などお構いなしに100人目の王妃を娶ろうとしていることからもわかるとおり、この国の若き国王――レウルス・ウルス・エルリウスは、女好きかつ節操のなさで有名だった。
赤ん坊の頃に独り立ちよりも先に二股を覚えただの、第一王子として初めて社交界デビューした際は出席していた女性を全て口説いただのと、与太話にも程がある噂の数々はともかく。
レウルスが一目気に入った女性を誰彼構わず口説きまわるのは公然の事実であり、かく言うアマリアもレウルスが王子だった頃に口説かれたことがあった。
この国の王子とはいえ、女の敵にも程があるレウルスに微塵も好意を抱いてなかったアマリアは丁重にお断りした。
口説いた人数が四桁、下手をすると五桁に上ると噂されているレウルスがフられる話はそう珍しい話ではなく、アマリア自身「星の数ほどいる、王子をフった女の一人」に落ち着いたと思っていたが、
(まさかここにきて、100番目の王妃に選ばれるとは……)
心底げんなりする、アマリア。
正直、今回も丁重にお断りしたいところだったが、
(馬鹿みたいに数がいるとはいえ、王妃になった者の家は相応の扱いに遇されるのは事実
……)
まさしくそれが理由で喜色を浮かべる父親を気怠げに見上げ、アマリアは諦めたようにため息をつく。
「気持ち的にはだいぶ嫌ですけど死ぬほどってわけでもないですし、うだつの上がらない男爵家の家格を上げるにはこれくらいしか手がないので、その話、謹んでお受けいたしましょう」
「……うむ。お前の我が道を突き進む心意気や、嘘のない物言いは美徳ではあるが、あまりにも我が道を突き進みすぎたり嘘がなさすぎたりするのはどうかと思うので、国王陛下の前では程々に頼むぞ」
「善処はします。本当にあくまでも善処ですが」
などという、父親からしたら不安しかない返答をかえし、
現在――
(で、肝心の王様はどこで油を売っているのでしょうか?)
父親に言ったとおり一応は善処したアマリアが喉元まで出かけた言葉を心の中で呟いたところで、部屋の扉が勢いよく開き、王様が姿を現す。
「待たせて悪かったね、僕の100番目の妃」
善処の甲斐なく「うへぇ……」と嫌そうな顔をするアマリアを尻目に、先輩王妃たちが黄色い声を上げる。
「神が造りたもうた芸術品」とまで評されるほどにレウルスは二枚目だが、芸術を解さないアマリアの心には毛ほども響かず、ますます嫌そうな顔をしていた。
レウルスはアマリアのもとへ向かう最中、道端の花を摘むようにして第68王妃の顎をクイッと持ち上げ、口づけをする。
第68王妃が感激のあまり卒倒する中、レウルスはまたしても道すがら第21王妃を顎クイ口づけをして卒倒させ……その様を見せつけられていたアマリアは、とことん嫌そうな顔をするばかりだった。
とはいえ、先輩王妃の全てがレウルスに心酔しているわけではなく、口づけをされてもたいした反応を示さない者や、口づけそのものをやんわりと拒否する者もいた。
そうしてようやくレウルスは、アマリアのもとに辿り着く。
「待たせて悪かったね、僕の100番目の妃」
「いやそれさっきも聞きましたから」
無駄に待たされた挙句、無駄に見せつけられたせいか、アマリアは善処も忘れて露骨に不機嫌な言葉を返す。
やはりというべきか、ここでもまたアマリアの反応を不快に思う先輩王妃は少なかった。が、これもまたやはりというべきか、そんなことなどアマリアは知ったこっちゃなかった。
さすがに99人いる王妃の中にもここまで取り繕わない人間はいなかったのか、レウルスは焦りを通り越して気圧されながらもアマリアに謝罪する。
「す、すまない。気を悪くしたのなら謝るよ」
「気を悪くはしましたが、そう何度も謝罪するのはよろしくないかと。曲がりなりとはいえ、あなた様はこの国の国王なのですから」
後半の言葉が正論だと思ったのか、それとも気を悪くしたことをあっさりと認められるとは思わなかったのか。
「ぐふ……ッ」と見えない血を吐いてダメージを受けるレウルスをよしに、アマリアはドレスのスカートの端を摘まんで恭しく一礼する。
「女性の扱いに慣れているレウルス様といえども、わたしのような変わり者の相手をした経験はそうないでしょう。ですのでご無理はなさらず、他の王妃の方々とよろしくやっちゃっててください」
アマリアは言うだけ言うと「では」と言い残し、その場から立ち去っていった。
あまりにもマイペースすぎるアマリアに、99人の先輩王妃のみならず、レウルスまでもがポカンとしていた。
なお、レウルスは迎え入れた王妃に対しては、その日の夜に部屋を訪れて〝初夜〟を過ごすことを通例としていたが。
今回はあまりにも相手が悪すぎたからか、部屋の前まで来て散々思い悩んだ末にスゴスゴと引き返す様を、何人もの先輩王妃が目撃したのであった。
王城での生活は、快適の一語に尽きるものだった。
しかし、快適に身を委ねる気など毛頭なかったアマリアは、
「というわけで、今日からよろしくお願いします」
ドレスの代わりにメイド服に身を包み、困惑するメイド長に向かって頭を下げていた。
「あ、あの、アマリア様……王妃であるあなた様が、このような下々の仕事に携わる必要はないと思いますが……」
恐る恐る意見するメイド長に、アマリアは相も変わらずマイペースに応じる。
「これはわたしの趣味のようなものなのでお気になさらず。それに王妃なんて基本的に穀潰しみたいなものですから、これくらいのことはやらないと罰が当たるというものです」
「さすがにそれは語弊がすぎると思いますけど!?」
と、悲鳴じみたツッコみを入れるメイド長は気づいていなかった。
本当の意味で悲鳴を上げるのは〝これから〟だということを。
「メイド長。こういう目に見えないところの掃除を怠ると、そこに溜まった埃が他の場所に移ることになりますので注意された方がよろしいかと」
「メイド長。シーツのたたみ方はこうした方がよろしいかと」
「メイド長。その紅茶は適温よりも0.3度低くなってますよ」
趣味が高じた結果なのか、アマリアのメイドスキルの高さは貴族の令嬢にあるまじきレベルで、メイド長はその日、己の至らなさを痛感させられる嫌というほど痛感させられるハメになってしまったのであった。
それから半月後――
先輩王妃たちの話題は、第100王妃アマリアのことで持ちきりになっていた。
「聞きました? アマリアさんのこと?」
「ええ、勿論。なんでも、メイドの仕事に従事しているとか」
「裏のメイド長なんて呼ばれているという話らしいですわね?」
「しかもメイドの仕事で疲れているのか、夜は早めに寝ているせいで、レウルス様とはいまだ一度も〝初夜〟を過ごしていないとか」
「それはそれでどうかと思――」
と話していた矢先に、王城の廊下のモップがけをするアマリアと出くわし、先輩王妃たちは口を噤む。
こちらに気づいたアマリアが「あ」と気怠げな吐息を漏らすと、
「もう少しで終わりますので、少々お待ちください」
手早くモップがけを済まして、すぐに別の持ち場へ移動した。
ピッカピカになった廊下の床を見つめながら、先輩王妃たちは言う。
「見事な仕事ぶりですわね……」
「専属のメイドとして雇ってみたいかも……」
「お止しになった方がよいかと。おそらくは、王妃として大切な何かをへし折られることになると思いますので」
〝何か〟が何を指しているのは具体的にはわからなくとも、直感的には理解していたのか、最後の言葉を否定する先輩王妃は一人としていなかった。
それからさらに半月が過ぎた頃――
アマリアは、レウルスに呼び出されていた。
「何かご用でしょうか?」
謁見の間に到着するや否やメイド服姿で堂々と訊ねてくるアマリアに、レウルスは思わずといった風情で眉間を摘まむ。
「……まずは聞かせてくれないかい? 王妃になった君が、どうしてメイドをやっているのかを」
「勿論、趣味だからです」
即答するアマリアに、レウルスは再び眉間を摘まむ。
「……なぜ、メイド仕事を趣味に?」
「やってて楽しいという理由も当然ありますが、貴族のパーティやらお茶会やら淑女の嗜みやらを覚えるよりは、メイドの仕事に従事している方が余程自分を磨けると思いましたので」
「……仮に、の話になるけど、国王としてメイドの仕事をやるなと命じた場合、君はどうするつもりなんだい?」
「上っ面だけは従って、レウルス様の見ていないところでやらせていただく所存です」
いつもどおり気怠げに、真顔で断言するアマリアに、レウルスはいよいよ苦笑する。
「嘘がないにも程がある。本当に君は、駆け引きも何もあったものではないな」
「駆け引きなどやるだけ時間の無駄ですから」
予想外なようで、その実アマリアらしい返答に苦笑を深めてから、レウルスは言う。
「ならば僕も駆け引きはやめにして、単刀直入にお願いさせてもらうとしよう」
「命令ではなくお願いですか?」
「ああ。その方が、君が聞き入れてくれそうな気がするからね」
「確かに、あなた様に命令されようものなら、イラッときて聞き入れない可能性はありますね」
「いや、僕これでもこの国の国王なんだけど?」
「ええ。存じております。ですが、どういうわけか今は周りに人がいませんし、二人きりの状況ならばあなた様の体裁に気を配る必要はないかと思いまして」
レウルスは一瞬ギクリとするも、すぐに体面を取り繕って無理矢理話を戻す。
「き、君にお願いしたいことは他でもない。週に一度でいいから、僕のために夜の時間をつくってくれないかい?」
レウルスの言わんとしていることをすぐには理解できなかったアマリアは、数瞬眉根を寄せて考え込むも、
「……ああ、わたしと交尾したいということですね」
「いや言い方」
「しかも100人も王妃がいるというのに週に一度とは……そんなにわたしと交尾がしたいのですか?」
「だから言い方ぁッ!」
オブラートもへったくれもないアマリアにツッコみ疲れたレウルスは「ぜーはーぜーはー」と肩で息をする。
レウルスの呼吸が整うのを見計らってから、アマリアは訊ねる。
「しかし、本当に週に一度もわたしの相手をしていて良いのですか? 王妃の数を考えると100日に一度が妥当だと思いますが」
その指摘に対し、レウルスはなぜか「う……ッ」と口ごもる。
「そ、それは……そう……あれだ。新しく迎え入れた王妃を贔屓するのは男の甲斐性というだけの話だ」
「100人も王妃を娶る行為は、逆に甲斐性がないように思えますが」
その指摘に対し、レウルスは「うぐ……ッ」とよろめく。
「と、とにかく! あ、明日の夜から週一で夜は空けておいてくれ! ぼ、僕はそろそろ公務に戻らせてもらう!」
言うだけ言って、レウルスは謁見の間から立ち去っていく。
その際、レウルスの頬が紅潮しているように見えたアマリアは、小首を傾げてからその場を辞したのであった。
翌夜。
自室のベッドで、ネグリジェ姿でうたた寝していたアマリアは、扉をノックする音が聞こえて目を醒ます。
「どうぞ」
と促すと、ナイトガウンに身を包んだレウルスが部屋に入ってくる。
どういうわけか、ちょっとだけ頬を赤らめて。いやに緊張した面持ちで。
自然、アマリアの小首が斜めに傾く。
「経験人数が四桁を超えているくせに、なぜ『今夜が初めて』みたいなご様子でいらっしゃるのですか?」
「よ、四桁はさすがにいってない!……たぶん……きっと……おそらく……」
「知ってますか? あなた様の後ろにある扉を抜けたら、部屋から出ることができるのですよ?」
遠回しにお帰りを願うアマリアに、レウルスは瞬く間に色を失う。
その様子を見て、アマリアは一つ息をつくと、情緒もへったくれもない言葉をレウルスに投げかけた。
「何度も言いますが、曲がりなりにもあなた様はこの国の国王。一方わたしは、しがない男爵の息女。あなた様が本気で命令すればわたしには断りようがないのですから、わたしの言葉になどいちいち一喜一憂せずに、さっさと股を開けと命じたらどうする?」
「いやほんとだから言い方ぁッ!」
と、ツッコみを入れたところで、レウルスは本当に『今夜が初めて』とばかりにモジモジしながら言う。
「僕は……本当に女性が大好きなんだ」
だが、モジモジしながら言うにはあまりにもろくでもなさすぎる言葉に、アマリアは「うへぇ……」と嫌そうな顔する。
「ち、違うんだ! 今の言葉に嘘はないし何だったら世の中の女性全員を僕の妃にしたいと思ってるけど!」
「女の敵という意味では寸分の違いもないかと」
ますます嫌そうな顔をするアマリアを前に、レウルスは「ぐは……ッ」と見えない血を吐く。
「と、とにかく、これだけは言わせてくれ。……僕が、本当に……心の底から愛したいと思った女性は……君一人だけなんだ」
「…………はい?」
ちょっと――いや、だいぶ何を言っているのか理解できず、アマリアは眉根を寄せてしまう。
「世の中の女性全員を僕の妃にしたいと言った直後にそんなことを言われて、信じる人間がどこにいるというです?」
「し、信じられないかもしれないが本当だ! 今より1922日前、僕が王子だった頃に君を口説いた時のことは憶えているかい?」
「そこまで詳細な日数を憶えていることが正直言って気持ち悪いですが、五~六年前にレウルス様に口説かれたことは記憶しています」
『気色悪い』にけっこうなダメージを受けながらも、レウルスは打って変わって真面目な表情で語り出す。
「何度も言うけど、僕は女性が大好きだ。けど、一緒にいて不安になる時もある。なぜなら魅力的な彼女たちは、誰もが表と裏の顔を持っているからだ。そこが魅力である一方で、今彼女たちが見せている笑顔は本物なのか、今彼女が言っている言葉は本心なのかがわからず、一緒にいてたまに物凄く不安になる時がある。……だが!」
レウルスは心酔するような目でアマリアを見つめ、思いの丈をぶちまけるように声を張り上げる。
「君だけは違った! 君の愛らしい顔に映る感情には! 君の可憐な唇から出る言葉には! 嘘というものが全くない! それはもう普通もう少し遠慮するだろって思うくらいに!」
「レウルス様。それは褒めてるのですか? それとも貶しているのですか?」
「勿論褒めているとも! だから僕は決めたんだ! たとえ一万人の妃を娶ったとしても、僕が最も愛するのは君だけだとね!」
「いや、例えでも一万人も娶らないでください。というか、わたしのことを一番愛していると言うなら、なぜ100人目になってようやく娶ることにしたのです?」
言われてレウルスは、我に返ったように、急にモジモジし始める。
「それは……100というメモリアルな数字なら……君も喜んでくれるんじゃないかと思って……」
生まれて初めて女性に好意を伝えるような初々しさで、だいぶ頭のおかしいことを言う。
自然、アマリアの口からため息が漏れる。
「とりあえず、レウルス様は可及的速やかにお医者様に頭を診てもらった方がよろしいかと」
「そんなにおかしいこと言ったかい!?」
「むしろ、おかしくないところを探す方が難しいことを言ってました」
言われて、レウルスはしょぼくれる。
その様子を見て、アマリアは心の中で(ふむ……)と呟く。
なぜだろう?
どういうわけか、こうしてレウルスと話していると、段々彼のことが可愛く思えてきた。
頭の天辺から足の爪先まで女性の敵でできているのに、自分の前では女性と付き合ったことがないのでは思えるほどに初々しさを見せてくる。
思い返せば、先日謁見の間に呼び出された際にしっかりと人払いしていたのも、100人も王妃がいるにもかかわらず、週に一度自分と夜を過ごしたいと言ったのも、レウルスの想いの表れだったのかもしれない。
そんな彼のことを可愛く思えてきている自分がいることを、アマリアは否定できなかった。
できなかったから、例によって嘘偽りのない言葉を臆面もなく紡ぐ。
「なるほど。これが〝愛〟という感情ですか」
100人に聞いたら99人が違うと答える〝愛〟であることはさておき。
戦場で死地を指差す戦闘狂の将軍のように、アマリアは親指でベッドを指し示し、レウルスに言う。
「レウルス様。とりあえずさっさと服を脱いで、さっさとあちらのベッドで股を開いていただけませんか?」
そしてその夜、アマリアはレウルスと(ほとんどこちらから強制的に)結ばれた。
その後、レウルスが尻に敷かれた挙句砂利の上でサーフィンされるような扱いを受けたり、99人の先輩王妃たちがアマリアにわからされたりすることになるが、それはまた別の話。




