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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

乙女ゲームの王子様

 私の名は、マルティン・ヨアキム・セーデルホルム。

 セーデルホルム王国の第一王子だ。


 私には三人の婚約者候補がいる。


 一人目は公爵家の令嬢ドロテーア・ルート・アールグレーン。

 ゆるく波打つ豊かな金の髪に青い瞳の女性で、令嬢らしく男性とは一線をおく奥ゆかしい人だ。


 二人目は伯爵家の令嬢カリータ・ダグマー・ディンケラ。

 艶やかで真っ直ぐな黒髪に緑の瞳の女性で、口数は少ないが思慮深く分け隔ての無い性格の人だ。


 三人目は十歳で癒しの能力を教会に見出された元平民の聖女マリアン・グレヴィリウス。

 王都の教会の司祭が彼女を養女にしたので家名を持っている。ふわっとした薄茶の髪に薄紅色の目という、少し珍しい瞳の持ち主だ。性格は一言で言えば“天真爛漫”。


 三人と私は同い年で、現在、貴族の子女が通う国立の学園の生徒でもある。

 何も問題が起こらなければ私は学園卒業と同時に立太子することが決まっている。なので、この学生期間中に三人と交流を持ち卒業までに婚約者を決めなければならなかった。

 その猶予期間が残り一年半という、ちょうど半分になったところだったのだが……。


 私の気持ちはすでに、ほぼ固まりつつあった。

 それというのも、三人のうち二人の候補に少々問題があると思うようになったからだ。



 まずアールグレーン嬢だが、彼女との交流はなかなか難しかった。

 別に、彼女が気難しい性格だとか、必要以上に華美で派手な服装を好むとか、公爵家の権力を笠に着ているとか、そんなことはない。

 淑女らしく気品がありながらも慎ましく、努力家で学園の成績も良い。

 ただ、私を含め男性との交流となるとさりげなく距離を取り、気がつけばいつの間にか壁の花になっているのだ。

 出しゃばらず男性を立て、陰で支えるというのは、貴族社会の男達には好まれる性質だ。その上で女の戦場とも言われる社交界でうまく立ち回り、自分や家、パートナーの利益を得られる力があれば引く手数多だろう。

 そしてアールグレーン嬢は十分にその素質があり、将来の王太子妃、ひいては王妃に相応しいと言える。

 だがそんな彼女は私との交流を避けている節がある。特に側近となる友人達と一緒にいる時にはその傾向が強いと感じる。

 私が一人でいることは滅多にないのだが、それでも供回りがたまたま一人や二人と少ないと、声をかければ答えてくれるし暫しの雑談などにも興じてくれるが、一緒にいるのが側近達の誰かだと挨拶もそこそこにその場を去ってしまう。

 私か、側近の誰かが嫌われているのかとも思ったが、そういう時は必ずと言って良いほど廊下や建物の角などの影からこっそりとこちらを窺っているのだ。

 言葉を交わすときの態度からも嫌悪されている感じはなく、だからこそ意味がわからない。

 以前に思い切ってその態度のことを訊いてみたのだが


「マルティン殿下方の仲にお邪魔するなど、わたくしには恐れ多くてできませんわ。ご容赦くださいませ」


と言われてしまった。

 アールグレーン嬢は慎ましい女性なので邪魔に思ったことはない。そう伝えても彼女はこの点に関しては頑なで、交流そのものに難航している状況だ。


 翻ってグレヴィリウス嬢なのだが、これがアールグレーン嬢とは正反対で、私と供回りだけであっても友人達が一緒でも、ちょっと見かけただけでもすぐに寄ってくる。それどころか、どうやら私の目の届かないところで側近達それぞれにも積極的に声を掛けてくるらしい。

 教会の方でも教育はされているようだが、よく言えば気さくに悪く言えば馴れ馴れしく男性に声を掛け、身体に触れる頻度が高い。それは、背中や肩や腕といった、親しい間柄であれば気にするほどでもない部位なのだが、我が国の貴族社会において男女間の過度な触れ合いは厭われる傾向がある。

 それゆえにグレヴィリウス嬢はほとんどの女生徒から距離を置かれているのだが、彼女自身はそれを特に気にしていないようだ。

 以前、とある人物に


「グレヴィリウス嬢の男性への馴れ馴れしさは、元平民だからだろうか?」


と愚痴未満の疑問を口にしてみたが


「平民は貴族を恐れます。下手に関わって不況を買えばそれが理不尽であっても過剰な罰が下されることがあるからです。

 平民に優しい貴族であるなら尚のこと、親しみの中に尊敬と畏敬の念を抱くので、あのように馴れ馴れしく接することはできないでしょう」


との答えが返ってきた。言われてみれば、それはそうだろう。だが、そうするとグレヴィリウス嬢のあの振る舞いは元平民ゆえではないことになる。

 それが彼女の本質であるなら、王太子妃や王妃となるには諸刃の剣だ。

 私が彼女を上手くコントロールできれば外交において良い武器となるだろうが、一歩間違えれば相手国の不況を買ってしまうかもしれないし、内政が乱れる可能性もある。



 そして、アールグレーン嬢とグレヴィリウス嬢、この二人は実に仲が悪い。性格が正反対なのだ、そういうこともあるだろう。

 だが、世の中には性格が反対だからこそお互いを補い合って仲が良いという関係も存在する。相手に敬意を払えば、友人にはなれなくとも認め合う間柄にはなれる。

 しかし二人の令嬢はまさに相容れぬ仲のようで、顔を合わせれば険悪な雰囲気になる。表面上は二人とも笑顔を絶やさないが、言葉の端々に険が混ざるし顳顬(こめかみ)の辺りがピクピクしているのが見ていてわかる。


 そういう現状と、もう一つ個人的な事情で、私はディンケラ嬢を婚約者に内定したいと思っているのだが、それがそう簡単でないのも悩みの種だった。

 なぜなら、貴族派が推しているのがアールグレーン嬢で、教会派が推しているのがグレヴィリウス嬢だからだ。

 王家としても、貴族の中でも有力で国への貢献度も高い公爵家との縁組は良縁と言えるし、また、国とは別の権威を持つ教会との仲を取り持つ縁談は歓迎できる。

 父母である国王と王妃は板挟みになっている私を想ってか、判断を私に任せてくれているが、臣下や国民を思えばたった一年半で結論を出すのも早計かと悩ましい。



 今日は二週間に一度の婚約者候補達とのお茶会の日。

 一人ずつではなく三人対私という、私にとっては有り難くないシチュエーションだ。

 そんなわけで、今日の会場である王宮のガゼボへ赴く私の足取りは自然と重くなり、後ろに付いて来ているお供のことも気にせず、何度も小さいため息を吐きながら足を進めていた。


「まぁ……」


 すると渡り廊下から庭へ出る部分に差し掛かかったとき、正面から一人の女性と鉢合わせた。彼女は私の姿を見ると驚きの声を上げたが、それ以降は頭を下げて私の言葉を待っている。


「良い、私と貴女の仲だ。もっと気さくに話しかけてくれて構わないよ、ディンケラ嬢」


「ご機嫌ようございます、マルティン殿下。

 今日は出掛けに少し用事ができてしまいまして、遅れてしまいました。申し訳ありません」


 ニコッと微笑むディンケラ嬢は、アールグレーン嬢のような麗人ではないしグレヴィリウス嬢のような可愛らしい感じでもないが、美しくないわけではない。

 ほわっとした安心感を与える可憐な容姿は、二人に引けを取らないと思っている。


「恐縮する必要はない。私も遅れてしまっているから同罪だ。

 ……二人が待っているだろうから、一緒に行こう」


 言ってから手を差し出し掛けて、止める。

 うっかりエスコートしかけたが、まだ候補である間は控えなくてはいけない。なにより、あの二人に見られたらディンケラ嬢へ敵意が向くかもしれないのだ。

 その代わりとばかりにギリギリ不自然にならない距離で並んで、後ろの供達に聞こえないように声を抑えて話しかけた。


「薫、俺、行きたくねーんだけど」


「そういうわけにもいかないでしょ。元々、イレギュラーなのはこっち(・・・)なんだから」


「だってさ〜、あの二人、仲悪過ぎない? それにドロテーアは遠くからこっち窺ってるだけだし、マリアンは距離ナシだし。

 二人を足して二で割ればちょうど良いかもしんないけどさぁ」


「だからってどうしてボクを巻き込むの? 元々いないからね、カリータ・ダグマー・ディンケラってキャラ」


 そう、実は俺たちは転生者だ。

 前世では幼馴染で高校のクラスメイトで、放課後、二人で一階へ行くために階段へ向かうと、階段の前で取っ組み合いの喧嘩をしていた女子二人がいた。同じクラスの、仲が悪いことで有名な二人だ。個人的にも苦手というか、嫌いというか、近寄りたくない女子だった。

 俺たちは関わり合いになりたくなくて二人の脇をそろっとすり抜けて階段を降りたのだが、背後で「あっ」とも「ぎゃっ」ともつかない悲鳴が聞こえたかと思ったら、振り返る間もなく背中に大きな衝撃が……。

 多分、二人が足を滑らせたんだと思うが、いきなりのことで為す術もなく巻き添えで踊り場へ落下。薫を気遣う余裕なんてあるはずもなく頭を強打。

 多分、それで死んだんだと思う。


 二人分以上の体重と、受け身を取れる状態じゃなかったこと、気を失う間際の感覚でバウンドしたのを覚えてるから、頭を強打したのが一度じゃなかったことなどから、かなり打ち所が悪かったんだろう。


 転生したと気がついた当初は、俺だけ転生したと思っていた。

 ところが、十歳の時に俺の婚約者候補を決めるお茶会で集められた同年代の令嬢の中に、前世の幼馴染を見つけてしまった。

 なぜカリータ・ダグマー・ディンケラが前世の幼馴染の薫だと分かったのかと問われれば、“第六感”としか言いようがない。薫も同じようだったし。

 そのときに十人ぐらいに絞った婚約者候補の中にカリータを入れ込んだのは俺の要望だった。

 だって、当たり前だろう? ただでさえ一国の王子という立場に気後れしていたんだ。自分を知っている人間、しかも幼馴染ともなれば側に置かない理由はない。ディンケラ家が王家に輿入れできるギリギリの身分の伯爵家だったのも幸いだった。

 それから学園に入学する直前の候補が三人に絞られるまでに、薫から色々と教えてもらった。薫が乙女ゲームを好きで、よくプレイしてたのは幸いだった。


 まず、この世界は『聖女と恋の狂騒曲(ラプソディ)』略して『聖恋(せいこい)』という巫山戯たタイトルの乙女ゲームで、俺ことマルティンと側近である友人達が攻略対象者であること。

 主人公は聖女で、“恋敵(ライバル)の公爵令嬢と攻略対象者の婚約者の座を賭けて切磋琢磨する”というのがメインの内容であること。

 ゲーム序盤は二人がマルティンの婚約者候補で始まるが、聖女がマルティン以外の攻略対象者のルートへ入ると公爵令嬢も付いていくこと。


 つまりは聖女がマルティン以外のルートへ入ると両方から振られるのが俺だ、王子なのに。

 そのくせ、本来の婚約者候補はこの二人だけなのだ。


 だから入学前に候補を絞る段階で、当然カリータも候補落ちする予定だったが、俺がごり押しした。それはもう、ゴリゴリに力一杯押した。

 それで関係者には俺がディンケラ嬢に好意を持っていると思われたが構わなかった。ある意味、間違いじゃないし。

 そんなことより、ゲームの知識なしで公爵令嬢や聖女に対処する自信がない俺にとって、知識のある薫が近くにいるというのは重要だった。

 ちなみに、以前グレヴィリウス嬢への愚痴に答えてくれたのは薫──カリータだ。


「もう、お前に決めちゃって良いと思うんだけどなぁ」


「ボクの意見や気持ちやゲーム展開は無視? まあ、でも、交流期間は三年って決まってるしね。あと半分じゃん、頑張ってよ」


 ちくしょう、他人事だと思って。

 せめてドロテーアがもっと交流をしてくれて、マリアンが適度に距離を置いてくれればなぁ。あるいは二人が何か問題を起こしてくれれば、前倒しで婚約者候補から外すよう父親である国王を説得できるかもしれないけど。

 う〜ん、ドロテーアはともかく、マリアンはなぁ。


 薫曰く、『聖恋』に逆ハーレムエンドってないんだそうだ。ただし、上手く高感度パラメーターを操作できれば、プレイ最中に逆ハー的状況に持ってはいけるらしい。

 んで、マリアンはそれを狙ってるのかと疑いたくなるくらい、俺の友人達にもモーションを掛けてる。だから、俺たちはマリアンも転生者じゃないかと勘繰ってるんだが、まだ決定的な証拠は掴んでない。


 ボロでも出してくれりゃ、候補から外すんだけどなぁ。


 ドロテーアにしたって、マリアンよりマシってだけで現状じゃ本格的な婚約は結べない。薫に言わせればゲームとは性格が違いすぎるらしいし。こっちはこっちで断罪避け系転生者の可能性が……。


 結局、今のところ薫ことカリータ・ダグマー・ディンケラ嬢を婚約者に据えるのが一番ベターだと俺は思ってる。

 だがそうすると原作破壊となって、今後それがどう影響するかどうかも分からないと薫は言う。


 でもなぁ。

 仮にここがゲームの仮想世界だとしても、全然、王子に絡みにこない公爵令嬢に過剰な接触を計る聖女って、ゲーム通りとは言えないだろう。

 何より、俺が王子ってだけで完全に別物じゃないだろうか?

 実際、俺はカリータを婚約者候補にしたし、王子としての振る舞いも頑張ってはいるがゲーム通りとは思わない。

 そう言う意味ではすでに『聖恋』としては破綻しているのじゃなかろうか。

 薫は自分が好きなゲームだからあまり目立った改変は……って気持ちみたいだが、その結果がドロテーアかマリアンと結婚する未来か、二人から振られる未来なのなら、俺は二人から振られる方がプライドは傷つくがまだマシだ。


「マリアンが側近の誰かのルートに入ってると良いよね」


 俺の心情を知っている薫はそう言ってくれるが、困ったことに俺が振られる結果が出るのも一年半後なのだ。

 婚約者を確定する日の一週間前に、二人から辞退を申し出されるんだそう。

 なんか、王子の扱い、酷くね?

 まあ、そうなったら他国から姫が輿入れに来るらしいんだけど。じゃあ婚約者候補と三年間交流とかやってないで、最初っからそのお姫様と結婚で良くね? って王子サイドの俺としては言いたい。


 結局、ゲーム内容が女子向きってことなんだよな。男側の繊細な心情なんか知ったこっちゃないんだろう。って薫に愚痴ったことがあるが、そのとき薫に


「それ、エロゲーにも言えるでしょ、性別逆なだけで」


と反論されてぐうの音も出なかった。


 そんなことよりも今は二人が待っているであろうガゼボに行かなきゃならない。

 きっと、絶妙に嫌な雰囲気になってるだろうけど、行かなきゃいけない。

 大丈夫、薫も一緒だ。なんとか王子スマイルとスキルで捌いてみせる。


 季節の花が植えられた花壇に挟まれたレンガの小道を二人で行くと、ガゼボの屋根が見えてきたあたりで何やら声が聞こえる。

 この辺りには護衛騎士や王宮メイドが控えていて、ギリギリ話は聞こえないが異変は感じられる距離だ。

 彼らは俺たちに気がつくと礼を取ったが、ガゼボのほうも気になる様子。

 なるほど、声の感じから和気藹々と談笑している雰囲気じゃない。かといって、暴力沙汰になっているわけでもないので仲裁のタイミングがはかれていないようだ。


 ここから俺たちは王子と貴族令嬢の仮面を被る。


「私が呼ぶまで控えていろ」


 そう言えば護衛たちは少しホッとしたようだった。


「ディンケラ嬢、あなたもここで待っていてくれ」


「いいえ殿下。わたしも参ります。少し後ろにいれば、二人も気にはしないでしょう」


 巻き込まれないように待つように言ったのに、私が二人を苦手に思ってるのを知ってていつでもフォローできるようについてきてくれるという。

 こういうところが、私の隣にいてほしい理由でもある。


「ふ……」


 縦並びでガゼボに近づき、二人に声をかけようと口を開きかけた瞬間


「だ・か・ら! 良い加減にしろって言ってるのよっ!」


アールグレーン嬢の怒号が響いて驚いた。


「こっちこそ、良い加減にしろって言いたいわよ! あんた、気持ち悪いのよっ!」


 それに応戦するグレヴィリウス嬢も負けず劣らずの怒声で、俺たち二人はその場で固まってしまった。


「気持ち悪いのはそっちよっ! “イケメンに挟まれてチヤホヤされる私”“複数の推しに愛される私”なんて幻想みてる夢女子なんて気持ち悪いっ! 鏡と現実見なさいよっ、ビッチがっ!!」


「うっさいわねっ、鏡? 可愛いアタシしか映りませんけど? 現実? マルティンも側近達もアタシに夢中ですけど?

 公式でもないのに男同士くっ付けたがる腐女子の方がずっと気持ち悪いでしょ!? 自分が男にモテないからって、男同士でイチャイチャさせて妄想とかキッショッ!! 変態かよっ!!」


 ……聞くに耐えない言葉が飛び交い、そして私……俺は、俺たちはある確信を得た。ちなみに、俺を含め攻略対象者達は現段階で別に聖女に夢中にはなっていない。みんな弁えていて、適切な距離で接している。


「なぁ、あれって……」


「ボクたちと同じ転生者だね」


「マジかよ、勘弁してくれよ。しかもなんだよ、夢女子に腐女子って……」


 そんなことをボソボソと囁き合う間も、言い合いはヒートアップしていく。

 あまりのことに被ったはずの王子の仮面が剥がれるが、そんなの気にしていられない。

 ちらっと後ろを見れば、護衛騎士が「止めなくて良いのか?」みたいな顔をして俺を窺っている。

 彼らの護衛対象は、王族だ。だからこの場なら護衛対象は俺で、俺がいないガゼボを見張っていたのは、先に来ていた二人が王族……俺に対して良からぬ動きをしないか様子を見るためだ。

 だから取っ組み合いの喧嘩でも始めない限り、護衛騎士もなかなか仲裁には入りづらい。俺が止めるように言えば二人の間に割って入るだろうが……。

 あと、グレヴァリウス嬢は王子を呼び捨てにしたので、聖女と言えど普通に不敬だ。この国に“不敬罪”という罪目は無いが、身分差があり過ぎると切り捨て御免って事態は稀だがある。まあ、今回の場合は厳重注意で済ませても良いかなってレベルか。それもあってさっきから俺とアイコンタクトを取ってる護衛騎士は止めに行きたそうなんんだが、俺はもうちょっと様子を見たい。


「大体、ヒロインの邪魔ばっかするあんたって、ホント悪役令嬢ねw

 『聖恋』の悪役なら悪役らしく、シナリオ厳守して断罪されなさいよっ! 悪あがきしてみっともないのよっ!!」


「あんたみたいなのが『聖恋』ヒロインなんて攻略対象が可哀想だわ、このお邪魔虫っ!

 美形と美形の間に女なんていらないのよ! ましてや、あんたみたいなクソザコが聖女とか、ウケるw w w

 ザコ聖女が男同士の美しい空間を汚すんじゃ無いわよっ!!」


 ……うん、まあ、王子筆頭に側近たち全員、見た目は美麗なのは本当だけどさぁ。二人とも口悪いなぁ。

 こりゃあ、もう少しで取っ組み合いに発展するかな?


「ねぇ(とも)くん、あの二人、藤吉さんと夢路さんだよ」


 俺のちょっと後ろで二人を観察していた薫がそっとそう呟いた。

 それを聞いて、思わずバッと薫に振り返る。


 藤吉と夢路、二人は俺たちが死ぬきっかけになった、階段前で喧嘩してたクラスメイトの女子だ。


「なんで分かって……」


「あの時の喧嘩の内容がほとんど同じ。ボク、すれ違うとき聞いたから。あの時のはお互いが出した同人誌の貶し合いだったけど。あと、口調?」


 女子の怒鳴り声ってキンキンしてるから、なに言ってるか俺には分からなかった。すげぇな、薫。『聖恋』のプレイヤーだからか?

 それにしても、結局あいつらも助からなくて、なんの因果か一緒にこの世界に転生していたのか。だったらなおさら、あの二人のどっちかを選ぶとか無いわ〜。もともと苦手な奴らだし、俺たちの死の原因だし。

 でも、うん。そういうことなら、俺もちゃんと腹を括ろう。


「んじゃ、ちょっと行ってくるから、薫…………ディンケラ嬢は今度こそここで待っていてくれ」


「ま、……お待ちください。いま殿下が直接出て行ってしまっては、却って事態が悪化してしまうかもしれません。こういうときこそ、わたしが参ります」

(意訳:知くん、二人のこと苦手でしょ? 上手く立ち回らないと知くんが困る方向に行きかねないよ。一応、彼女達と同じ立場のボクが行ってくるから)


 薫が強い視線でそう言ってくれたが、腹を括った俺には考えがある。

 様子を見る限り、向こうはこっちも転生者だとは気づいていない。マルティンの中身が俺だと知れば、二人とも婚約者候補から降りてくれるかも知れない。だが、きっと大人しくとはいかないだろう。散々、こっちが不快になりそうなことを言われる未来しか見えない。

 それに二人が藤吉と夢路だと知った今では、過失とはいえ俺を、薫を殺した恨みが静かに湧いてくる。


 なぁに、俺だって鬼じゃない。もともとただの小市民だ。

 地獄に堕ちろ! とまで思ってるわけじゃない。


「いや、あれほど二人が興奮していると、ディンケラ嬢が暴力を振るわれるかも知れない。私がいるところでそんなことになれば、ディンケラ伯爵になんとお詫びすれば良いのか……。

 だから、ここは私に任せてほしい」

 

 そうカリータに返事をしてお供と護衛騎士を一人連れてガゼボに近づいた。

 私たちが二人の側まで来ても、言い合いに夢中の二人は気が付かない。

 私は声を掛けずにしばらく二人を見守る。


「「もうホント、ムカつくっ! あんたなんて『聖恋』から退場しちゃってっ!!」」


 二人が同時にそう叫んで双方、右腕を振りかぶり、バチーンッ!! と、二つの平手打ちの音が響く。


 この時を待っていた!


 当たり前だが王宮内は暴力沙汰は御法度だ。人の目の無いところまではカバーできないが、それでも後で発覚すれば当然、暴力を振るった側は処罰される。

 今回は、当事者が王族でないこと、流血や怪我がないこと、女性同士であることなどが考慮されて厳重注意くらいですむ案件ではあるが、彼女たちの事情を勘案すると二人にとってはくらい(・・・)ではすまない。


「二人とも、そこまでだ」


 あえて静かに、しかしよく聞こえるように声を張る。

 ハッとして二人がこちらを見た後、ササッと身だしなみを整えてこちらへカーテシーをしてくるが、もう遅いんだよなぁ……。


「二人とも、随分と元気が有り余っているようで何よりだ」


「ご機嫌ようございます、マルティン殿下。あのような醜態、お恥ずかしい限りでございます」

「ご、ご機嫌よう、マルティン殿下。今のは、その、違うんです。ちょっと二人でふざけてただけなんです!」


「ふざけていた割には、二人とも左頬が真っ赤だ。お互い、よほど強く叩き合ったようだな。

 知っているとは思うが、王宮内での暴力は禁止されている。このことは公爵家と教会に報告させてもらうからそのつもりで」


「そ、そんな……。ちょっと喧嘩が行き過ぎただけなんです! 別に、怪我させてやろうとか、そんなんじゃなくって!」


「そうか。だが、もうお茶会という雰囲気でもないだろう。今日は中止にしよう。

 二人とも、その顔のままで帰るわけにもいかないだろうから、別室で腫れを冷やしてから帰宅するといい。沙汰は後日、知らせる」


 私が有無を言わさずそう言うと、メイドたちがササッとやって来て二人を促すので、彼女たちは大人しく礼をとってから下がって行った。マリアンは未練気ではあったけれど。


 よっしゃあっ!

 この喧嘩を理由に国王に婚約者候補から外すように説得しよう!

 一年半早いけど、きっとなんとかなる。いや、なんとかしてみせるっ!!


「わざと、お止めになりませんでしたね?」


 私が喜びに打ち震えていると、背後から呆れたような口調で話しかけられた。


「いずれは王子妃、何も問題が起きなければ王太子妃、王妃になる身分だ。あの程度の感情、制御できなくてどうする。

 もともと、アールグレーン嬢は淑女を通り過ぎて交流を持たなすぎたし、グレヴィリウス嬢は私以外の男性にも親しくしすぎだった。

 政略結婚かもしれないが、私は適度に交流ができて適度な人間関係が築けるような女性が理想的だと思っている。

 それよりも、せっかく用意してるのだから二人でお茶にしないか?」


 爽やかな笑顔を作ってそう誘えば、ほうっとため息を吐いて


「お誘い、ありがとうございます」


と言って、カリータは微笑んで見せた。

 待機していたメイドたちにセッティングを任せた後、定位置に戻ってもらう。普通の会話なら内容は聞こえないがこちらの様子を窺える距離の場所だ。

 逆を言えば、大声をあげれば聞こえる位置でもある。そして、ここが王宮内であるが故に、先ほどの二人の喧嘩の内容はこの場のどこかにいる係りの者が記録を取っているはずだ。ソレ(・・)に今までの彼女たちの素行を添えれば、きっと国王も説得できるはず!


 向かい合って座って、お互いに一口お茶を飲んだところで薫が口を開いた。


「もっともらしい事、言っちゃってさ。本当はただ、あの二人のどちらとも婚約したくなかっただけのくせに」


「いやぁ後一年半、我慢とか無理だし。薫には悪いけどシナリオ壊させてもらったぜ」


 まあ、あの二人が藤吉と夢路だって判らなかったら我慢できたかも知らんけど、ほんとマジで無理だ、中の人知っちゃった後じゃ。どのみち、結婚相手が三択なら薫が一番だから結末は変わんないし。


「気持ちは分かるけどさ。

 でもドロテーアが藤吉さんなら、遠巻きにマルティン達を見てたのは納得。脳内であれこれ妄想してたんだねぇ……」


「ヤメロください……。よそでやるぶんには勝手にすればいいけど、俺たちを巻き込むな、マジで……」


「夢路さんはマリアンになれて喜んだだろうね、ヒロインだし」


「だからって現実で疑似ハーレム作ろうって思うか?」


「作れてないけどねぇ。ただただ、自分の立場を利用して攻略対象者達の中に突っ込んでっただけだった」


「当たり前だ、友人達だって好みも判断力もある普通の人間だぞ。ゲームのキャラクターじゃないんだよ」


「夢路さんにとってはゲームキャラだったんだよ。選択肢の中から最適解を選べば攻略できる……さ」


「バカくせぇ。俺たちがここで生きてるって感じれば、そこが現実だろうがよ。

 ループもリセットも効かねえ、前世と同じ現実だ」


 なんでここがゲームの世界だって思えるのか。そっちの方が不思議だ。

 仮に、SFばりにこの現実が仮想だとしても、そうだと知れない俺たちはここを現実だと思って生きていかなきゃならない。


「……怒ってるの? 二人のせいで死んだこと」


「……お前は怒ってないのかよ? あいつらのくだらない諍いの巻き添えで死んだんだぞ。まだやりたい事もなりたい職業もあったのに、家族だっていたのに、全部あいつらのせいでっ」


「怒ってないわけないじゃん。ボクだって、転生したって自覚したとき、すっごく泣いたよ。今の両親がめちゃくちゃ心配するくらい。

 でもさ、それは……なくしたものは、彼女たちも一緒なんだよ。あの様子だとあんまり自覚してないみたいだけど、いつかどこかのタイミングで、日本の女子高生として大事だったものを永遠に失ったって、気付くはずだよ。

 それって、後になればなるほど、喪失感が半端無いと思わない?」


 そう言われると、そうかもしれない。

 俺は幼い頃に記憶が戻ったし、すぐに薫に会えた。だから、気持ちの折り合いは割と早くについたと思う。薫もきっとそうだろう。

 だけど、あいつらはいまだに(ゲーム)の中なんだと思えば、呆れと同時に哀れみも感じる。


「ま、復讐する気は無いしな。

 あ、でも友人の誰かとくっつかれても嫌だから、根回しはしとくか今回のこと」


「そうだねぇ、本来のマリアンとドロテーアならともかく中身があの人たちならねぇ。それも仕方ないかぁ」


 俺の側近になる男とくっつくってことは、一生、交流があるってことだ。そんなのは御免だ。


「それにしても……本気?」


 ふと俯いた薫が、上目遣いでこちらを窺いながら訊いてきた。


「何が?」


「……ボクと婚約する流れになっちゃったよ?」


 モジモジしてるから何かと思ったらそんなことか。


「前から言ってるじゃん、お前が良いって」


「だってそれ、究極の三択だったからでしょ。ボク、男だよ?」


「今は女じゃん」


「そうだけどっ!」


 別に前世、俺たちがそういう仲だったという事実はない。普通に幼馴染でクラスメイトで親友だった。今でもそう思ってる。

 でも、再会した薫が女の子になってて、それを俺は受け入れた。受け入れられた。

 そして今でも薫は俺の大事な親友なのは変わりないし、なんなら身近な女の子としても大事にするのもやぶさかでは無い。

 自分でもびっくりするほどすんなりと薫が女の子になったことを「ああ、そうか」と思えたのだ。

 でも、そういえば俺が大丈夫でも、もともとが男の薫は男と結婚するのは嫌かもしれない。

 そんな当たり前のことに、今、気づいた。


 やべぇ、俺、やっちまった?


「薫は、嫌だった?」


「え?」


「だったらゴメン。だけどカリータは貴族令嬢だからさ、俺じゃなくてもいつかはどこかの貴族の男に嫁入りするだろ。だったら、俺が一番マシってこと、ない?」


 そうだよなぁ。薫の立場じゃ相手が俺じゃなくても男と結婚なんて精神的に嫌だよな。今ならカリータが婚約者候補を辞退するって逃げ道もあるんだし。

 でもでも、俺は絶対この世界で結婚しなきゃいけない立場で、相手は藤吉や夢路は論外で、顔も知らないお姫様と一から関係構築で相性最悪だったら目も当てられないだろ。

 いくら政略結婚でも冷え切った夫婦関係なんて虚しいじゃん。

 その点、薫なら気心知れてるからなんの心配もない。妻として大事にできる自信もある。

 だけどそれだって薫が俺を受け入れてくれなきゃ話にならない。無理強いはしたくない、親友として。


「…………な……ぃ」


 俺が今更な思考に沼ってると、小さな声が聞こえた。


「え?」


「嫌なんて言ったこと、無いっ!」


「……だってお前、『ボクの意見や気持ちを無視するな』って言って……。それって遠回しに俺との婚約は嫌だって言ってたんじゃ……」


「だからっ、それはっ、……ちゃんと確かめて欲しかったからっ。

 三人の中で一番マシだからって理由で、前世で親友だったからって理由で、そんなんで選んで欲しくないのっ。

 

 ボク、女の子になっちゃったんったんだよ……。女の子に生まれて、育てられて、もう男だったときの感覚なんて今はほとんど消えちゃってるんだよ。

 それなのに知くんってば、前世(まえ)とおんなじように接してくるから……、女の子と思われてないのかなって。なのに婚約者候補に捩じ込んで、そのくせ男友達扱いで……」


 言いながら薫は俯いて、そうしたらテーブルクロスにパタパタと小さな音が……。


 ヤベェッ! 最大級にやばいっ!! 泣かせっちまったっ!!


「ご、ごめん、待て、泣くなっ! いや、違ぇ、泣いても良いけどっ!!」


 パニックになりながら席を立って回り込んで、薫に駆け寄る。

 そうだ、胸ポケットのハンカチーフ!

 俺はシュッと胸ポケットからハンカチーフを出して腰を屈めて薫の涙を拭ってやる。

 もう、俺サイテーじゃん。なんで女の子、こんなに泣かせてんの。馬鹿じゃん。


「なあ、俺どうすればいい?」


 でもこの後に及んでどうすれば良いのか分からなくて。


「……ボクが……ううん、わたしが貴方を好きでも嫌いにならない?」


 涙で潤んだ瞳でそう言われて……。

 心臓が大きく鼓動を打った。


 あれ? カリータって可憐だとは思ってたけど、こんなに可愛かったっけ? ああ、俺の体温が急上昇していくのが分かる。

 そうか、そうだったのか。


 薫は、カリータ・ダグマー・ディンケラという女の子になって、マルティン・ヨアキム・セーデルホルムと出会って恋をしたのか。


 俺は? いいや、私はどうなんだろう。

 マルティン・ヨアキム・セーデルホルムという王子になって、カリータ・ダグマー・ディンケラという女の子と出会って、そして……。


 私は椅子に腰掛けたままのディンケラ嬢に向かって跪く。

 彼女の(たお)やかな手を取り、そっと手の甲に口付けてから見上げると、涙に濡れそぼった瞳が驚きで見開いていた。


「カリータ・ダグマー・ディンケラ、貴女を私の婚約者候補にと押したのは私自身だ。そんな貴女に好意を向けられて、嫌いになどなるわけがない。

 慣例とはいえ、婚約者候補を複数立てるなど愚かな行為だった。

 私は貴方を愛している。私の妻になってくれないだろうか?」


 私の一世一代の真剣な愛の告白だ。どうか届いて欲しい。

 ディンケラ嬢は涙で赤く染まった瞳を眩しそうに瞬いて、そして微笑んだ。


「はい、はいっ……!

 私も、マルティン・ヨアキム・セーデルホルム殿下をお慕いしております。

 妻に、お嫁さんにしてください」


 私は立ち上がり、ディンケラ嬢を……カリータを抱きしめた。

 腕の中のカリータは細くて小さかった。


 前世の記憶に振り回されてたのは私も同じだったらしい。マリアンやドロテーアを笑えない。




 即日、父王に婚約者をカリータ・ダグマー・ディンケラに定めたことを伝え、公式の書類を作り、三日後にはディンケラ伯爵邸へ赴き正式な求婚をした。

 貴族派と教会派の反発は想像していたほどではなく、むしろ、互いに相手の推しが王子の婚約者になるくらいならディンケラ嬢のほうがマシという消極的な支持を得た。

 グレヴィリウス嬢は「まだ一年半あるのにどうしてーっ!」と言ったとか言わないとか。その後は私の友人達に必死でアプローチしているようだが、彼女の馴れ馴れしさを不快に思っていた彼らに受け流されているらしい。

 アールグレーン嬢は、相変わらず遠くからこちらを窺っているのを見かける。特に害にはならないので、放置でいいだろう。


 カリータに初めての愛の告白をしてから、私にもマルティンとしての自覚が芽生えたものか、前世の記憶が時々曖昧になる瞬間が増えた。それはカリータも同じらしい。

 やはり、私の現実はこの世界で正解なのだ。



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