気まぐれ神、地に降りる
天地創造の遥か昔、まだ世界が「もやもや」としていた頃。
あらゆるモノが名前を持たず、光も影もごちゃ混ぜの渦だったころ。
その中心に、ひとりの神がいた。
「おーっし!今日もいい感じに混沌してるな〜!」
そう呟いたのは、創造神タケル。
気まぐれで、お調子者。けれど、その指先ひとつで山が隆起し、空が割れ、命が芽吹く。
「飽きた!次!次は何を創ろっかな〜……あ、そうだ!“人”とかどう?」
そんなノリでヒトは生まれ、獣は駆け、森は笑い、水は歌い始めた。
創造という遊びに夢中になった彼は、世界に名前を与え、流れる時間を定め、法則を撒き散らした。
その名も「ユグドラシル」。
「気に入ってるんだ、なんかカッコよくね?ユグドラシルってさ!」
だが、神にも眠る時間はやってくる。
一通り世界を作り終え、飽きてしまったタケルは、天の果てにある雲のクッションに寝そべり、長い長い昼寝に入った。
「ん〜……退屈になるまで寝る!起こさないでね、マジで!」
そう言って数千年。
そしてある日。
夢の中、彼はなにか“ざらざら”とした感覚に眉をひそめた。
理神ルナの声が、遠くから届く。
「タケル様、起きてください。世界に歪みが出ています」
「え〜、やだな〜。オレ、まだ寝てたいんだけど……歪みってどんな感じ?」
「時の流れが捻れ、魔力が乱れています。放置すれば崩壊するでしょう」
「……崩壊か〜。うーん、困るな〜。っていうか、面白そう!」
ぱちりと目を開けたタケルは、ひとつあくびをして、にやりと笑った。
「じゃ、ちょっくら見に行ってくるか。今回は――ちょっと趣向を変えて、赤ん坊とかで」
「は?」
「なんかよくない?チートもなし、神の力もなし、ただの赤子からスタート。ちょーエモくない?」
「……まったく、あなたという方は。記憶は、どうされます?」
「うーん……持ってるとズルしそうだしな〜。じゃあ、封印!力も、記憶も、いったん全部預けちゃお!」
「本気ですか?」
「本気本気。忘れてる方が面白いでしょ?オレ、未来のオレに期待しとくからさ!」
タケルは、光の粒となった記憶をひとつひとつ手放し、それをルナの手の中へ託す。
「……ただし、“あの子”が本当に世界に必要になったとき、返してやって」
「……承知しました」
タケルは魂のかけらを削り、それを翠に染めて地上へ放った。
生まれたのは、ラインハート王国の名家——
「エメラル」家。幸運と翠の象徴を掲げる由緒ある一族。
その末子として、ある春の日に産声が上がる。
名は、翡翠。
神の記憶も、力も持たぬ、ただの赤子として。
「さーて、オレが作った世界、今どんな風に転がってんのか……他人事として見てみるのもアリかもね!」
お調子者の神は眠り、ひとりの赤子として新たな人生を始める。
――やがて、世界が彼を呼ぶその日まで。