第9話 二の太刀の沈黙
「私は剣道が好き」
気持ちは自然と声に出た。
「何そのドヤ顔、まぐれの癖に」
戦慄く薄羽さんの唇。今しかない。
「なんで剣道やってるかって? 楽しいからに決まってるし」
「楽しいから? 本当に好きなだけ?」
大丈夫、私はもう絶対折れない。好きで十分。この気持ち、忘れたりしない。
「好きこそ物の上手なれ、だろがいっ」
一気に踏み込む。楽しい。髪伸ばしてる時くらい気分アガる。うっすらでも昨日より伸びてく自分が好き。
薄羽さんが何か言った。龍のなんとか子がかんとか。……あれなんか身体止まんない。一種の呪いみたいな衝動、恐かった。
「世話が焼けるとこもそっくりだな」
心に直接語りかけてくるような声にハッと我に返る。竹刀と竹刀の間に食い込む黄色い傘。剣先が薄羽さんの喉元で沈黙してる。あわや大惨事。
「ご、ごめん薄羽さん!」
「とんだじゃじゃ馬ね」
薄羽さんは剣先を掃って背を向けた。
「もういいわ。これ以上は無意味」
クスクス笑う部員たち。幻聴がやまない。リョーマが止めてくれたとは言え、中学での突きは禁止技だ。退部の二文字が頭をよぎる。
終わったわ……。
「あなたの魂は熱いのね。私じゃ勝てる気がしない」
一斉に静まる場内。唐突にぶっ込んできた薄羽さんを二度見する私。
「……必死にやってきた私がバカみたい」
薄羽さんは、一向に面を脱ごうとしなかった。
「必死ってのはよ、必ず死ぬって書くんだ」
リョーマが震える竹刀に向かって言う。
「命懸けの時間、腹決めた自分……バカにすんな。誰にでも出来ることじゃねえ」
弾かれたように振り返る薄羽さんを、その眼は捉え続けてる。
「勝ちに拘るのは大事だ、高え理想を見上げんのもな。ただそればっかが刀を握る理由じゃねえことも知れ。強さの引き出しは人それぞれ、そんな奴もいるってな」
「そんな奴……」
薄羽さんの視線を感じて背筋が伸びる。
「悪友が言ってたことだ。お前に返す」
「……そう。そんな気してた」
あいつ?
首を傾げる私とは逆に、薄羽さんは納得したように面を脱ぐ。目が少し赤い。
「ま、刀みてえに斬ること一辺倒になるなってこった。世には色んな武器がある」
「そうね」
潤む瞳で破顔する薄羽さん。守りたいこの笑顔。
その時だった。
「ざけんな。綺麗に終わらそうとすんな」
「まぐれだまぐれ、白黒はっきりつけろ」
結託した六本の竹刀が私に向かってくる。待って、力入んない……。
「好きだからだ? 寝言は寝て言え」
「ガキみてえ」
……もうマジ無理。