第7話 校舎裏で昼食を
「何言ってんだ。理由はあるだろ」
「え?」
竹刀を拾ったリョーマに鬼面が浮かぶ。ひびの入った“仁”の文字が不吉だった。
「言いたいことを言え。この時代にお前を縛るものはねえだろ。ダメなことなんて何もねえはずだ」
リョーマは何に縛られてる?
「まだ捨てんじゃねえ」
私の手に戻る竹刀、消える鬼面。
「俺はお前の本音聞いてねえ。お前をやめるな」
私が私であること……。
膝から崩れ落ちる私を受け止める手。先祖の話に寝落ちするたび寝室まで負ぶってくれた祖父を思い出す。
「……剣道やめたくない」
これっぽっちしかない。でもこれが私の本音、意地や見栄を手放した丸裸の心。温かい手はただ黙って付き合ってくれた。着流しの懐がべしょべしょになっても。
さんざん泣いた後に続くチルい時間。
「夢とか目標に真剣な空気読まずに、好きだけで剣道するのは違うかなって」
泣き疲れた私は、中身が減っていくお弁当を眺めながらふと呟く。
「いいじゃねえかそれで」
弁当箱に前のめりなリョーマ。一応答えてくれてるけど。
「いいのかな。たったそれだけで。そんな軽い理由で」
「軽い?」
「だって他の皆は」
「さっきから聞いてりゃなんだ、皆って」
「皆ってのは、皆のことで」
どっかの構文みたいな中身のなさに、米が虚空を舞う。
「大して顔も浮かばねえ奴らなんか考えんな。一国の主でもあるまいし」
深刻な素振りもなく一蹴していくリョーマ。食べるのに夢中でちゃんと聞いてくれてないのでは。その真相を探るべく私はアマゾンの奥地へ向かう勢いで、思いつく不安を投げる。
「でもでも! 薄羽さんに比べたら」
「どうでもいいじゃねえか、他の奴なんて」
私もどうだっていいってことか。
「人を突き動かすほどの好きが、軽いわけねえだろ」
不意打ちみたいな言葉。息を忘れる。
「信じろよ、お前の好きを」
心が震えた。
「私は……剣道が」
突然えぐい音を立てる私のお腹。また泣きそう。
「ほら」
鼻を擽る卵焼きの匂い。
「うめえから取っといた!」
「味知ってるし」
待って、あーんしろってコト!? 心臓爆発するが?
「元気でねえぞ」
こっちの気も知らず、切ないほど後方保護者面のリョーマ。私の情緒返せ。ヤケクソでパクつく。
いつもと同じように作ったのに、いつもより甘くて優しい味がした。
「楽しくやれよー」
数多の戦場を越えた先の景色を知る笑顔。
「楽しいは何よりも強え力だ。忘れんな」
その身に巣食う鬼面。
「やっぱ異世界から」
言いかけて、私はやめた。