第5話 シルクを着た悪魔
「ん、アヅチ?」
場内に響く私の名に首を捻るリョーマ。そういや名乗ってなかった。
「てかリョーマ、血!」
「俺より、お前だ」
リョーマの改まった声に一押しされ、ぽろりと落ちる何か。……うっ頭が。
急な解放感と、床いっぱい広がる長い髪。
「……え、嘘」
飽きっぽい私が唯一続けられたこと。本気で伸ばしてたのに。ポニテの重量感からしか得られない栄養があったのに……。
床を舐める勢いの私に向けられる剣先。白練の胴着が眩しい薄羽さんの竹刀。
「竹刀で物が斬れるようになるまで、私がどれだけ努力を重ねてきたか。あなた想像できる?」
ちょっと何言ってるかわかんない。リョーマが庇ってくれなかったら私、マジ殺されてたのでは?
「あなた、なんで剣道やってるの?」
と聞かれましても。中学は部活必須だし、あとえっと。
「遅刻するわ男とイチャつくわ、極めつけにあんなふざけた太刀筋で。私と同じですって?」
とんだことだよ。
「昔ね、勝ち逃げされたことあるの。龍を纏う子だった。私のたった一度の敗北よ」
ネタでも「突然の自分語りどした?」と茶化せる空気じゃない。
「忘れられないわ。未だに夢で魘される。だから毎日必死なの。二度と負けたくないから、誰にも……龍の子にも」
その指先が、恋も遊びもオシャレをも我慢してきたと物語る。
「私の魂は重いの。まぐれ中のまぐれなあなたとは違う」
結い髪を解く薄羽さん。私よりずっと長かった。
……わかったかも。私が剣道する理由を答えられない訳。
「剣道とどこぞの馬の骨を一緒にしないで。運だけで天下取れると思ってたら大間違いよ。剣道部に木偶の坊はいらない。楽しい思い出作りなら他の部でやって」
返す言葉がない。私はその場にいられなくなった。
「お、こんなとこにいたか!」
やっと見つけたと言わんばかりの声。校舎裏なら誰も来ないと思ったのに。膝を抱える手に力が入る。
「食い物の匂いに釣られたら、お前がいた」
リョーマの腹の虫が唸る。私を探してたんじゃないんかい。食欲ないし丁度いい。蹲ったまま弁当箱を突き出す。それともうひとつ。
「お?」
リョーマが欲しがってた物。慌てて玄関にあったの適当に掴んだから……。
「山吹色だ、すげえ! かっけえ! ありがとう!」
小学生の傘でこんなに喜ぶ男、見たことない。
「それ持ってさっさと帰って」
「帰れってもな、俺の家が見えねえ」
「あーうざ。その設定いい加減めんど」
思わずリョーマを睨みつける。
「泣いてんのか、お前」