第4話 サマバケ・剣士・フィーバー
ここだけの話。
私は部活をただなんとなくやってる。剣道部にしたのは四才の時、少し通った経験があるってだけ。もはや骨折して秒でやめた記憶しか残ってないけど。
だから剣道に対して高い志とか大きな夢とか、小目標すらない。私もあの子みたいに……。
ちょうど視線を投げた先。「勝負あり」と同時に下りる旗、続くお約束の賞賛。
「さすが。幼少から優勝総なめにしてきただけある」
「薄羽のお陰で、全国制覇も夢じゃない」
すごいな、かっこいいな。私も薄羽さんみたいにずっと続けてたら、あんな風になれたのかな。
胸がざわつく。
「……わ、っつ!」
「ぼーっとしないで安土」
私の面を掠る竹刀、避けた反動で派手にコケる私。試合場内に二人きり、何も起こらないはずもなく。
ぎゅっと目を瞑る。もう無理萎える鬼だるマジ鬱い。なんで入っちゃったかな剣道部。そうだやめよう。この戦いが終わったら私……。
「胴あり」と旗が風を切る音。地稽古を見守る部員たちがどよめく。
「あの一年ヤバない?」
……どの一年?
そっと片目を開く。私の竹刀が相手の胴を取っていた。私かっ。
「運任せだろ」
「と思うじゃん。でも安土が一本取られるとこ見たことない」
「無課金で薄羽と同列とか草。フィジカルで解決すんなし」
怖いか? 私の土壇場で発揮される才能が。まーもうちょい続けてみるのも吝かではないかなー。
感嘆ASMRに包まれ、高速で掌を返す私。そんな耳を貫く威勢のいい声。
「全員まとめてかかってこいっ」
何してんのリョーマ。構えた素手でクイクイと周囲を煽ったかと思えば、ちぎっては投げちぎっては投げの乱痴気騒ぎ。しれっと混ざってるが奴は余所者である。なんで皆、溌剌と受け入れてんの。おかしいだろ。
私は速やかに奴の首根っこを掴む。仔猫みたいに虚無顔になるの好き。と、されるがままだった筈の仔猫が、いきなり虎の威で私を押し止める。
「お前を殺そうとしてんの、こいつか」
ただの部活に殺しがあっては困る。
目の前に開かる特殊な脇構え。その部員にリョーマはピンときたようで。
「なんだカゲローか。俺の菓子どこやった!」
こいつの頭は食うか飲むかしかないんか。
面を脱ぐ部員。
「あれ、女だ」
「うちの一般通過侍がごめんね。すぐ放り出すね」
ぺこぺこする私の前をはらはら舞う黒髪。思わずリョーマを見る。健在する茶筅髷にほっとしたのも束の間、奴の頬からぴっと血が滲む。
「あなたも消えて、安土ツルギ」
薄羽カタナはそう言った。