第3話 埃かぶりのアンブレラ
「俺のが見つかるまで貸してくれねえか、傘」
RPガチ勢でもさすがに刀貸せとは言ってこない。警察沙汰は困るもんね。
一気に気が抜ける。リョーマの声が外の蝉と変わらなく感じてきた……。
「あ、あれでいい。ボロっちいけど!」
聞き流してるうちに、リョーマも勝手に神棚へ手を伸ばす。古びて劇的にエモい唐傘が供えられてるからだ。
「それダメ触っちゃ!」
「ダメか」
昼下がりの朝顔のように萎むリョーマ。理由を教えてあげないのは可哀想か。私もリョーマの横に立ち、埃まみれの唐傘を見上げる。
「持ち主だった若殿様は“稀代の大虚”で、手に負えない荒くれ者だったとか」
「とんでもねえ殿様だな」
「なんかやらかして刀に嫌われた殿様に唯一、手を貸したのがあの傘らしいけど、嵐を呼び地を鳴らす化け物だったって」
「おっかねえ傘だな」
「以来、殿様の二つ名は“傘下の”……なんだっけ」
祖父が昔、キレッキレに語ってた先祖の話。大作すぎてめっちゃよく寝た記憶しかない。規模の割に歴史に名とか刻んでないし。たぶんじーちゃん盛ってたなって、うっすら疑ってる。
私ですらこうだし、リョーマが飽きるのも当然。私のセーラー襟をめくってる。
「変な着物だな」
「RPまだ続けんの? これは中学の制服で」
自分の言葉に胸をぎゅっと掴まれる。
「遅刻界隈ってこういう時なんて言い訳する?」
天井の木目を目でなぞる。現実逃避とも言う。
「うちのじーちゃん生き返ったんで、遅れました?」
「何言ってんだ、お前」
「RP侍に言われたくないわっ」
いやいや言い訳考えてる場合じゃない。
「あ、おい傘!」
「それどころじゃない! 私殺される!」
玄関の傘立てを一瞥しつつ、何もかも置き去りに飛び出した。
「なんで付いてきた?」
私は水たっぷりなバケツを両手に、柔剣道場の廊下に立たされてる。私を追ってきたせいで、リョーマも同様、頭にまで乗せてる。
「お前が殺されるって言うからよ」
優しさの方向性がおかしい。
「ところでコレなんだ? なんで持たされてんだ?」
バケツ知らない設定? この状況でもブレないのはなかなかえぐい。
「遅刻したから! 持って反省すんの」
「反省するためか!」
「うん」
「飲んでいいか、この水」
「うん……いやダメに決まってるし。反省しろっ」
「だって俺、反省しなくちゃなんねー心当たりがねえ」
それはそう。
「なあ、傘貸してくれよー。落ち着かねえんだ」
「うっさいわ」
結局、私が部活をはじめられたのはギリお昼前だった。