第11話 傘と共に去りぬ
「勝負はお預け。髪が伸びるまで待ってあげる」
「そんな余裕で大丈夫そ? また勝ち逃げしよか?」
「ツルギは本当、四才の頃から腹立たしい子ね」
嫌味を言うカタナに、古参面の笑みが浮かんでる。楽しむ心を取り戻した彼女は今まで以上に強い筈。私も土壇場ギフテッドに頼らず、カタナに勝ちたい。そんな目標ができた。
「で、傘の陰にいた侍は?」
「リョーマなら服汚したから井戸で洗濯するって、先に」
辺りを見回すカタナに、帰ったと伝えると血相を変えて言う。
「……それ。フラグじゃない?」
私は今朝と同じく走ってる、全速力で。あの古井戸に向かって。
『彼を見て、うちに伝わる古い話を思い出したの』
走りながら、カタナの言葉を思い返す。
『“忘八の面”――戦乱の世にあった八つの鬼面。一度被れば死ぬまで外せず、異能と引き換えに、刀を握れば身を蝕まれ、やがて人でなしと化す。そんな“侍殺し”の呪いを受けたまま、この地を治めた武将がいたって』
私の竹刀を拾った彼は、様子がおかしかった。もしかしてあの鬼面が……。
『彼が呪いを受けたのは、わずか四つ。真剣を握ることなく、侍の道を断たれた。誰よりも武を好んでいたのに……その悲しみは、どれほどだったかしら』
彼は、言いたいことを言えと言った。この時代に私を縛るものはないのだからと。ねえ、どんな気持ちで背中押してくれた? 自分の好きも赦されない状況で、私の好きを信じろとか……なんでそんな笑顔で言えたの?
『武家に生まれながら、刀を持つことすら許されない。国中に臆病者と嘲られ、家臣を困惑させ、果てには肉親にまで命を狙われた。その孤独と苦しみ……計り知れないわ。きっと、幸せじゃなかった』
やけに命を心配してくれたのは彼が安息のない日々を生きてきたから。私の味方になってくれようとして……。
彼の言葉がパズルのピースみたいにハマってく。
私、言っちゃったよ。食うか飲むかしか考えてない奴に何がわかるんだって。己の残酷さがえぐい。このままじゃダメだ、謝んなきゃ。
『彼の名は安土――』
「リョーマ!」
私は息を切らしながら声を絞り出す。古井戸はただ静かに目映い光を放つばかりで、返ってくる声も姿もない。
『おかしいこと聞くけど、ツルギはタイムスリップってあると思う?』
カタナの想像通り、リョーマは恐らく井戸に落ちて偶然この時代へ辿り着いた。ノリからして本人も意図してない。……だからもう二度と。
後悔が溢れる。遅かった……。




