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弐拾壱

 撫子なでしこは兵士に囲まれた中で、外に出された春風はるかぜの安否が気になった。

 しかし皆、血を流して息絶えている紫苑しおんに釘付けになっていた。


 誰もが、すすきの機嫌を損ねたら、次は自分がああなると本能的にわかっていた。そんな中で冷静に努めようとしたのが浜木綿はまゆうだった。


 「叔母上を殺したのならば、次は私かな。薄の君」


 浜木綿は挑戦的な瞳を薄に投げかけてくる。


 「巳家も秋彦あきひこ様が統べる皇国すめらぎのくにの大切な一柱ですもの。その姫を簡単に殺しはしませんわ」


 薄は笑ったが、暗に姫たちの命は自分の手の内にあると言っているようなものだった。


 「なるほど。今は政変の最中か。出家した皇子を還俗させて錦の御旗を掲げた…と。しかし、政変を酉家だけで行えるとは思えない。確実に外の国と繋がりがある。武器でも貰ったのかな?」


 そこで撫子は浜木綿の意図に気づいた。浜木綿は自分が殺されるかもしれない危険を犯しながら、薄から情報を引き出そうとしているのだと。他の姫たちにも伝わるようにゆっくりとした口調で。


 「薄の君が秋彦様の正室になるなら、もう妃選びは終わったようなものなのに私たちを家に帰さないということは、各家とは協力関係になく酉家が独断で外の国と交流を持ち政変を企てたと考えていいのかな。私たちは家に対しての人質ということか」


 浜木綿の言葉に遅れて状況がわかってきたのか百日紅さるすべりが小さく悲鳴をあげた。


 「浜木綿の君。貴女を守ってくれる濃紫こむらさきはもういないのよ。皇太子妃になれると慢心していて、残念だったわね。貴女はきっと側室にすらなれないわ」


 薄は笑いながら、兵士たちに命令を下した。姫たちを監視すること。宮の外に出ないように禁足令を下し、宮同士の交流を禁じ、実家との交流をも禁じた。


 「最後に一つだけ聞きたい。薄の君」


 浜木綿は兵士たちに腕を掴まれ引っ立てられるのにも構わず、声を張り上げた。


 「神鳥を殺したのは、あなたか? 後宮を混乱に陥れ、政変をしやすくするためか?」


 撫子は男に触れられるという嫌悪感と戦いながら連行され行くところだった。薄の言葉は何とか聞き取れた。


 「私は神鳥を殺してはいないわ。だって神鳥は今まで八束やつか様が独占していたけれど、秋彦様の神鳥でもあるはずよ! 秋彦様の治世のために神鳥はいてくれた方がいいわ」


 その言葉に納得したように浜木綿は微笑んだ。そして微かな希望を見出したようだった。


 「今、秋彦様は即位に必要な神器を持っていないのか?」


 浜木綿の言葉に薄は図星を突かれたような表情になった後、悔しそうに何も言わなかった。これ以上は情報を引き出せないと思ったのか、浜木綿はそれ以上は質問しなかった。しかし、撫子に対して今のでわかっただろう? というような視線を投げかけた後、兵士たちに連れられて宮へと戻って行った。


 撫子は薄の発言を頭を回して思い出した。


 まず、八束には奇形として寺に流された双子の弟である秋彦がいたこと。本当に秋彦が奇形であるかはわからないが、濃紫が凶兆とされる双子を産んだことを隠したかったのかもしれない。


 濃紫と斎宮は神宮に火をつけて自害。八束は行方不明。


 そして酉家が外の国と通じて武器などを輸入し、秋彦を玉座につけるため反旗を翻した。それは皇宮の奥深くまで進行して、こうして後宮まで届いた。


 薄は秋彦の正室になると言っている。姫たちを家に帰さないのは、各家に対しての人質とするため。つまり他の家とは協力関係にない。


 薄、そして薄側に属する者たちは神鳥を殺していない。何故なら、神鳥は皇家の権威の象徴であり、たとえ帝が秋彦に禅譲したとしても即位に必要な神器の代わりになり、民意をつけるには必要な存在だったから。


 そのことにより、秋彦は今、神器を持っていない。もしくは全て揃ってはいない。神鳥が認めたという一点だけで即位しようとしていた可能性がある。


 春風とは審問の場を出たところで再会ができた。


 「姫様!」


 春風が駆け寄って来るが、今撫子は両脇を厳しい男の兵士に挟まれ連行されている途中だった。


 「姫様に触れるなど、無礼者!」


 果敢にも春風は兵士たちに怒鳴ったが、睨みつけられただけで終わった。それだけで終わってよかったのかもしれない。

 卯月宮に辿り着いた後は、宮の周りに娘子軍が配置されたが彼女たちもきっと薄に懐柔された者たちだろう。


 「姫様、大丈夫でしたか」


 春風は連行される際に乱れた撫子の黒髪を撫でながら、泣きそうな声で尋ねた。他の女房たちは紫苑が死ぬ場にいたため恐ろしく、口を開けなかった。


 「紫苑の御方が殺されたわ。そして、皇太子殿下が行方不明で、秋彦様? という方が新しく妃選びを始めると薄の君は仰っていたわ」


 撫子も現状を整理するように話しかけると、春風は顔を真っ青にさせて腰が抜けそうになった。それをあざみ春日かすがが支える。


 「皇后様も斎宮様と自害なされたようです。春風殿」


 付け加えるように春日が言うと、春風は支えていた二人の手をすり抜けて床に倒れ込んでしまった。


 「春風!」


 撫子は慌てて春風の傍にしゃがみ込み、顔を見る。春風の額には粒のような汗が浮かんでいた。


 「濃紫…が、死んだ…?」


 春風にとっては信じられないことだろう。春風は、濃紫を恨んでいて、いつか復讐を遂げるために今は息を潜めていた。そんな相手があっさり死んでしまったら、春風の中に燻っていた復讐の怒りは何処へ向かえばいいのだろう。


 春風もそれを持て余して、体の力が抜けてしまったのだろう。


 しかし、いつまでも自分の復讐心にしがみついてばかりではいられないと春風は切り替えた。弱々しく撫子の頬を撫でる。


 「姫様が無事に審問の場から帰ってこられてよかった。私は追い出された後、生きた心地がしませんでした」


 「春風、私はちゃんとここにいるわ。あまり、後宮内も良い状況とは言えないけれど、今は静かにしている方が安全だわ」


 薊も撫子に同意するように頷いた。


 「それに、一応は神鳥殺しの犯人は捕まったのです。まさか亥家の姫様だとは思いもしませんでしたが…」


 薊の言葉に、春風は驚いた。


 「まさか、柊姫が…?」


 撫子と親しくしていた柊が犯人だったことにより、少なからず春風は衝撃を受けたようだった。


 「師走宮から毒が見つかったのです。神鳥を毒殺し、毒に目を向けさせないために無惨にも切り刻んだのでしょう」


 春日が恐ろしいと身震いしながら、その場にいなかった春風に説明した。春風はその言葉を信じられないというように撫子を見た。まさか、そんな危険人物を撫子の傍に置いていた自分が許せないように、悔しそうな顔をした。


 「でも、あの師走宮への嫌がらせも自作自演なのでしょう? 師走宮のために浄化の儀を頼みに行った姫様の努力が水の泡だなんて…」

 

 他の女房たちが撫子様、可哀想に…と憐れみの言葉を投げかけては慰めてくれる。その様子に、撫子も我慢していた涙を溢してしまった。


 「ああ、柊の君はなんで神鳥殺しなんてしてしまったのかしら」


 袖で目尻をぬぐいながら、撫子は呟く。きっと目は真っ赤に腫れてしまっているだろう。


 「あんな狂人の考え…誰にもわかるはずありませんわ」


 薊が慰めるように撫子の肩を摩る。しかし、春風だけはまだ信じられていない様子だった。


 「私は以前、柊姫様に助言したはずなのに…」


 自分の言葉では柊の凶行を止めることができなかったのだと春風は落ち込んだ。撫子は春風の傍にいたかったが、春風は申し訳ないが一人にしてほしいとへやに引っ込んでしまった。


 卯月宮に寂しい冬の訪れのような風が吹き込んだ。




******




 あれから、後宮──否、皇宮の勢力図は変わった。撫子はまだ見たことはないが、噂ではどうやら秋彦は酉領の寺から挙兵し、麗扇京みやこへ進軍。皇宮を占拠し、病床の帝に禅譲を迫っているらしい。しかし、力尽くで禅譲させ、即位まで持って行かないのは、どうやら浜木綿の予想通りに即位に必要な神器がないからなのでは? と言われている。


 後宮では、秋彦の台頭に尽力した酉家の薄がかつての浜木綿の座に居座り、浜木綿から青紫を剥奪し、自身が身に纏っている。


 後宮の中でも、外へも情報を伝える手段を奪われ宮に幽閉されている撫子たちは外の状況がどうなっているかわからず、唯一、食料の運搬のために行動制限をかけられなかった婢女たちから又聞きの情報を耳にするだけだ。


 しかし、後宮内で噂ではなく事実として薄から全ての姫に通告されたことがあった。それは獄舎に繋がれ凌遅刑に処されるはずだった柊が刑の執行の前に亡くなったということだった。不衛生な環境で小さな傷口から破傷風になり、食事を詰まらせた窒息死だとされる。噂では毒を盛られたのではないかというものもあった。柊の死体は皇宮の敷地内から出されて、外の塵溜めに放り出されたのだという。


 それを聞いた春風はようやく気力を取り戻しつつあったのに、またへやに篭りがちになってしまった。


 そんな春風がへやから出てきたのは、柊の死が知らされてから、数日後のことだった。師走宮の女房たちは、また宮廷付きに戻り薄に仕えながら師走宮の管理をしている。


 へやから出てきた春風の目の下には薄らと隈があり、寝れずにいたことを語っていた。


 「姫様は、柊姫様と親しかった。何も思わないのですか?」


 春風は撫子の様子を異様に捉えたのか怯えるような顔で尋ねてきた。撫子はしばし考えて口を開く。


 「この目で柊の君の死を見届けたわけではないから、まだ信じられていないのだと思うわ。見れていたらきっと、受け入れられたと思うの」


 それを聞いていた春日が「姫様…」と首を振った。もし、そのまま凌遅刑に処されていたら神鳥を殺した罪人として公開処刑され、門に首を吊るされて晒し首にされていただろう。


 「きっと見ない方が良かったのですわ。罪人が正しく罰を受けなかったのは悔やまれますが、姫様は柊姫様と親しかったからきっと傷つかれたでしょう。きっと死の苦しみは辛かったでしょうが、凌遅刑よりはましなはずです」


 撫子は「そうね…」と呟いた。


 「柊の君は塵溜めに捨てられてしまったの? 亥家のお墓には入れなかったの? きっと恨みとなってこの世に残ってしまうわ。私が、弔ってあげられればいいのだけれど…」


 ぽろり、と涙が溢れた。彼女は罪人だからと今まで我慢していたものが決壊した。いくら罪人だからとはいえ、酷すぎる。内親王様たちだって、神鳥の管理を怠ったという言いがかりをつけられ、獣の腹に収まりやがては糞になって野山に撒き散らされる運命とは。

 柊だって、その死体をわざわざ死してからも侮辱するように塵屑溜めに捨てるなんてことしなくてもいいはずなのに。やがて肉は腐り落ち、その辺りの塵屑と見分けがつかなくなるのだろう。


 罪人だから仕方がない。罪人なのだから自業自得などと言うほどに、撫子の人の心は終わってはいなかった。何故、撫子と親しかった人物は皆、罪人として裁かれてしまうのか。


 「せめて、花を手向けることくらいは許されないのかしら。欲を言えば共同墓地なんかに埋葬して、いつか情勢が落ち着いたら、骨が溶けた土を柊の君の故郷の亥領に返してあげるとか…」


 春風は撫子の本心に触れたのが嬉しくて、そして共感し、悲しくなったのか同じように涙を流した。


 「姫様はお優しい方。春風はわかっていたはずでしたわ。姫様が傷ついておられないはずないのに、私ときたら気丈に振る舞う姫様の成長を信じられず…」


 撫子を抱きしめるので春風の顔は見えなかったが、感動からか微かに背が震えていた。春風からは安心するような梅の花のような匂いがした。


 「姫様、今は動いてはなりません。師走宮の穢れの時のように嘆願すれば叶うというわけではありません。酉家の薄姫様は…何というか、濃紫の再来のように思えてならないのです」


 撫子も心の内で感じていた不安を春風が言葉にしてくれたことに安堵した。


 「それは、私も思ったの。薄の君は、皇后陛下を馬鹿にして憎んでおきながら、やっていることは皇后陛下と同じくらい酷くて、悍ましいわ」


 紫苑の死を目撃した春風以外の女房たちも、震えながら頷く。辰家の茶会の際に、確か薄はまだ皇族でもない浜木綿が青紫を纏うのは規則破りに他ならないと憤怒していたはずだが、実際には自分が同じことをして踏ん反り返っている。


 そんな者の下に大人しくついて、彼女がいう通りに秋彦の側室選びに黙って従うなんてそんなことは誇りを傷つけられるのと同じだ。

 

 しかし、今は動けない。大人しく機会を伺わなくては。

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