第四話『至極当然』
「はぁ」
意識を今に引き寄せる。
教師の話を片方の脳に入れて、瞳の裏に病室の一誠を思い出した。今彼は教室に復帰しているけれど、本調子であるかは目には見えない。
早く部屋に戻りたい。早く速く、アレを解決しなければ――――。
5限が終わり、鏡子はいち早く教室を出ようとした。
するすると教材を鞄に入れ、音を最小限に立ち上がる。
少ないクラスメイトは、各々にこれからの放課後を選択するのだろう。全てが安倍と関りがあるとは言えど、学生の間は従者のように鏡子に付き従う必要はない……のだが。
「鏡子さま!」
彼は――それでも、そちらを選択する。
鏡子によって、病院送りにされていたくせに。
「一誠……」
「その言葉はいりません、鏡子さま。僕が代わりに引き受けた、それってすごく光栄なことですから!」
笑顔の彼に、鏡子はぎこちなく頷いた。
一人より二人のほうが効率は良い……効率は良い、のだが。
「第一に、鏡子はかの怪異……スレンダーマンを祓うつもりです」
「はい」
二人は場所を変えた。
あらゆる書を携えたカーテンを閉じた小部屋――、学園内で鏡子が占領している部屋だ。
元々は資料室であったが、陰陽道、宗教学、民俗学、考古学――そういう閲覧制限がかかる書物が沢山あるために鏡子が入り浸り、もはや私室と化した。
「この間は……真正面から乗り込まざるを得なかった、それが駄目だったのです」
先日スレンダーマンと遭遇したのは、言ってしまえば不測の事態であった。
スレンダーマン自体の情報は頭には入っていた。でも、調査していた怪しい霧が、スレンダーマンから発せられているとは思わなかった。
初遭遇、……異国の、怪異。
「直接怪異を鎮めるのは……初めて、いいえ、本番は、初めてですが……」
鏡子は手を握りしめた。
己を鼓舞しようと、僅かな瞳の影の中で圧を強める。
「……やりますわ。だって鏡子は、安倍晴明の生まれ変わりですもの」
「――はい! 鏡子さまならば、絶対できますよ!」
で、あれば、やることは作戦建てだ。
大人の手を借りるべきか――? いや、それは出来ない。
だって、あなたは安倍鏡子。
出来て然るべき人間だ。
こんな簡単な一歩、踏み出せなくてどうして安倍鏡子なの?
「……一誠」
「……はい?」
本を見繕っていた一誠は、鏡子を見た。
鏡子は影に顔を隠したまま、静かに口を開く。
「一誠は下がりなさい。準備が整いましたら、呼びますので」
「……はい! 鏡子さま!」
流石だ、と一誠は口角を上げた。
さすが鏡子さまだ――! 安倍晴明、その人は、本当に何もかも違う!
一誠は半ば踊り出しそうに部屋を出た。痛んだ傷はもうない。こうやって、卵が孵化するのを守っているだけなのだから、負うべき傷は明日への架け橋なのだ。
あーあ、僕だけ特等席で見れちゃうのか。他の奴らに申し訳ない。
申し訳ないけど、まあ、これも時の運ってやつだからねえ。
このことは他の奴らには黙っておこう。僕と鏡子さまだけのお仕事なんだからさ!
「……とりあえず、なにか、情報を……」
早く、速く、片づけなくちゃ。
大人に気づかれる前に、結果だけを提示して微笑むのが最適解だ。
幸いにも一誠が使える、ということは、それに仕える二神将を使ってもいいということだ。二人にはスレンダーマンはバレているのだから、これ以上無い幸運だ。
気づかれず、悟られず、いつもどおりにこなし、学園生活を送る。
「……出来ますわ。だって、鏡子は……」
鏡子は一誠が残した書に目を落とした。
まずはこの本達から、何か使える情報を洗い出そう。
私は柑橘の魔女なので、西洋魔術は得意なんですが東洋魔術はちと知識不足……。
ゆえにすぐにソロモンに頼りそうになる自分を叱咤し、心でレッツゴー陰陽師を唱えるのです。
ニコ動復活おめでとう!