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薄明怪異目録  作者: 立花 みかん
第一章
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第三話『5限:異国怪異談』Ⅱ

「鏡子や、鏡子や! こりゃあ一目散に退散せねばならん! デカすぎるぞこやつさん! デカいデカい! わしもこのくらいになりたい! 悔しい! 単純に悔しい!!」


「んんむ……」


「鏡子!! 言うことを聞かんか!」


「んんんんむ……!!」


「頑固!!」


 霧立ち込める市街地、人の気配を消した元凶。

 人に害為す人ならざるものを『怪異』というならば、怪異が作り変えてしまった日常の空間を、『怪奇』という。

 怪異は妖、霊魂、異形、を差す。即ち、存在への固有名詞だ。

 対して怪奇は、怪異の中でも特別大きな力を持ったものが起こす、現象――怪奇現象だ。

 

「怪奇に閉じ込められると厄介だ! まだ鏡子の力のみでは、太刀打ちできん! 五家を招集せねばならん!」


「……三善を」


「一誠を呼べと!? 今か!?」


「今! 三善一誠を鏡子の下へ! 鏡子は敵に背中を見せません!!」


「が、頑固の者が――ッ!!」


 故にこの異様な雰囲気を持ってしまった市街地――これは、日常を奪い去った、怪異の怪奇に違いない。

 地に両足を強く叩きつけて立ち上がった少女、安倍鏡子は、右前に浮かぶ中華風の少年、玄武の忠告を無視し、ある命令を強く下した。

 玄武はそれに逆らえず、三善一誠を呼ぶために、一度呼吸を置こうとしたが――――。


「鏡子さまああああ――!!」


「一誠!!」


 爆速で後ろから駆けて来た、高校二年の青年は、乱れた呼吸を最小限の肩の上下で済ませ、顎の汗を拭った。


「控えておりました。玄武を連れていたようなので」


「流石ですわ。力になってくれますね」


「勿論です!」


 輝かしいばかりの笑顔を受け取った鏡子は、一度強く頷く。

 幼い頬の鏡子は、道の端に寄ると、小さく三善に語り掛けた。


「この怪奇現象の主は、……スレンダーマンですわ」


「……スレンダーマン?」


「ええ。外交官の情報によると、アメリカに出現していた怪異で……嗚呼、見えますわね。ほら、あんな風に大きくて……スーツを着ている……男……」


 鏡子が手を伸ばした先、元々この市街地には存在していなかった、遠い雑木林の中。

 そこに動く巨大な何か。ゆらりゆらりと蜃気楼のように蠢いて、巨大なシルクハットを晒す。


「……? あれは……触手?」


「如何にも。背より触手を操り、周囲の人間を絡めとるようだ」


 一誠はそのまま玄武に問う。


「交戦は?」


「……しておらぬ。近寄ることすら、危うい」


「鏡子様?」


「……肌が、裂けます」


「……なん、と」


「ほら……」


 鏡子が向けた頬、腕、足、――その右側全てに、亀裂による赤い線が引かれている。

 一誠は絶句した。それと同時に強く歯を噛み締め、かの怪異スレンダーマンを睨み見る。


「よくも……僕らの鏡子様を……!! おい、玄武」


「いやいや、止めておけ! 引き返そうと鏡子にも言うておる!」


「駄目だ。相手はもはや、怪奇を起こしているんだぞ」


「それはそうだが……!」


 一誠は鏡子に向き直ると、心臓の位置に右手を当て、深く頭を下げた。


「鏡子様。ここは、この三善一誠をお任せを」


「……え? いえ、一誠は鏡子に協力してくだされば良いのです」


「いいえ! 鏡子様は、傷の手当てをなさってください! 六合、手当てを」


 呼びかけに浮き上がった少女――六合は、靡く髪を一房、鏡子の傍に降り立った。

 鏡子の腕に手を這わせ、不満そうに一誠を見上げる。


「……勧めんがの。そこなじじいの忠言を大人しく聞くのが吉じゃ」


「そーうだ! ばばあもそう言うておるわ……!」


「駄目だ。行く。では、鏡子様。怪奇をすぐに晴らせてきます。行くぞ、玄武。飛べ!」


「……鏡子!」


「……そうですわね。玄武、行きなさい」


 あんぐりと口を開けた玄武だったが、髪を右側だけ掻き毟って、苦々しく了承した。

 そのまま一誠の腕を取ると、二人は消える。式神による飛翔だ。すぐさま怪異と接触するだろう。


「よろしいのですか、鏡子」


「……すぐ鏡子も参ります」


「……では」


 六合による癒しを受け、照り輝く肌を取り戻した鏡子は、その手を取った。








 そうしてあたりに広がる惨状に、鏡子の喉は凍る。

 そう、あの判断は過ちだったのだ。

 気づいていたくせに。

 知り得ていたくせに。

 知らないとは、言わせない。


 怪異には、それぞれ対応する陰陽師が割り振られている。

 簡単に言おう。あなたは知っているはずだ。

 怪奇を起こせるものは――、安倍家が対処するように。

 その他は全て下なのだから――、手足が対処しても問題はない。


「一誠!!」


 視界の奥の水晶に、揺らめく触手に赤い色を与えましょう。

 陰る世界に、吸うだけで人間を死に至らせる毒の霧を混ぜましょう。

 彼の背広は傷一つ無く、彼の制服は溶けだし赤く染め上げましょう。

 意識は彼にはいらない。

 そう、だって、――鏡子、あなた。

 三善一誠が死んでもいいと思ったから、彼に許可を与えたんでしょう?


「――玄武! 六合!!」


 すぐに後から行けば、問題ないと思ったのよね。


「一誠を引き剥がすまでは出来よう!! すぐに引き返す!! 六合、怪奇のつなぎ目を探せ!!」


「探し当てた!! 鏡子、玄武に命令を!!」


 問題ないわけないじゃない。

 スレンダーマンは、怪奇を起こせる怪異よ。

 あなた以外、何も出来ないから、あなたしか選ばれてないのよ。


「――雷電よ、鎌を用い雲を裂け! 急急如律令!」


 鏡子、鏡子、鏡子。

 耳を塞いではいけない。黙り込んではいけない。今から目を背けてはいけないわ。

 あなたは此処に呼ばれたのだから。

 私達には、責任があるのだから。


「一誠……一誠!! 玄武と六合は早く土御門と三善家に連絡を!! 鏡子が命を繋ぎます!!」


 鏡子、鏡子、鏡子。

 耳を塞いではいけない。黙り込んではいけない。今から目を背けてはいけないわ。

 ……それが、安倍である、という、ことだから。




 

二作品同時連載はやめたほうがいいぜ(確信)

私の始めた物語だからやるけど……! 

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