第二話『5限:異国怪異談』Ⅰ
鏡子は部屋を出て、血の臭いを払うように廊下の窓を開けた。
この学園の廊下に、生徒の朗らかで退屈そうな声は反響しない。するとすれば、固い靴の踵を落とす音や、固い声の雑談、彼を叱責する荒い声、叩く音、そして――――。
「姉さま」
「……鈴佳」
「五限が始まりますよ。……彰ですね?」
鏡子は目を逸らした。そんな彼女を安心させるように、目の前の少女――土御門鈴佳は笑った。
「彰は私が保健室へ運ぶよう伝えます。姉さまは教室に行ってください」
「……お願いします。はあ……」
そうして二人はすれ違った。
鏡子は手を見つめて――……握りしめ、部屋の大きさにしては少なすぎる生徒が座る教室の扉を開けた。
開かれた扉の人物を、彼と彼女らは見つめる。鏡子はそれに特別反応を返すまでもなく、普通に教室に入る一人のように、自分の席に座った。
この一般的な教室に置かれた机は、六個しかない。それはそのはず、この教室は、この一角は、この棟は――特別なのだ。
表向きには、特別進学コースⅠ類・Ⅱ類の内、Ⅱ類と言われる【お金持ちコース】。
Ⅰ類には、純粋な学力受験で入れる。が、Ⅱ類は審査の内の審査、とりわけ家の財力証明が必要である――とまことしやかに囁かれる、そんな異質のクラスだ。
学校自体は、仏教系の私立学園。小中高、と連携の大学を持つ。そもそも学費が高いことで有名だ。しかしながら、そんな私立学園は他にもあるので、特別目立ったりはしない。
ただ京都の森林に囲まれた穏やかな立地に立つ、そんな学校だ。
そんな有り触れた学園が内部に秘めているⅡ類は――、包み隠さずに言うのならば、陰陽道に連なる家の子しか入れないクラス。
故に、箔を求める豊かな者が金を詰んでも不合格。特別芸能があろうとも不合格。そう、このⅡ類に入る子はみな、生まれた時点で入学資格を与えられている。
そうなのだから、隔離されていて当たり前だろう。陰陽道など、この世の秘術など、一般の世には既に途絶えたとされるお伽噺。漫画の、アニメの、書物の平面の上にだけ面白おかしく存在していればいいのだ。
そう、それでいい。それは、陰陽道を抱く彼女らですら合意の上。
故に隠されているのだ。一般にはお金持ちクラスとして、交わらざる、格上として。
「……お揃いではありませんが、5限、始めますかー。鏡子様、お願い出来ますか」
「はい。先生」
制服のリボン、あるいはネクタイに引かれた一線――。それのあるなしで、この学園の全ては分けられる。そして、それはこの日本でも同じことだ。
陰陽道に連なる者は、その一線を守る者。その一線を、何も知らない民に超えさせない者。その一線を、妖達に超えさせない者。
「起立、……礼」
「お願いします!」
その陰陽師を次代率いる者を育成する機関、それがこのⅡ類である。
全国各地の陰陽師育成機関の中でも異質なのが、安倍晴明が生まれ変わった際にのみ行われる、一斉教育。
このクラスの有様を見れば一目瞭然だろう。最年少である安倍鏡子は中学一年生であるのに対し、最年長は三善一誠、高校二年生だ。
義務教育高等教育も隔てなく、この一部屋で、その教育は行われる。
「さてさて、今日はですねー、昨日の続きのアメリカ怪異からいきますよー。昨今は日本でも目撃情報がありますから、もしかしたらもしかして、鏡子様にお声がかかるやも……やも……ごめんなさいね!!」
教鞭を執る者も、陰陽師としては一流の者である。この男は――……姿こそ、まとめられてない髪を結い、顔にあっていない眼鏡をかけて泣きべそを掻いてはいるが、実力者としては確か。
故に、安倍鏡子を育成する者として学園に登録されたのだ。
「先日もお話しましたが、今や貿易とか、国家間交流は怪異たちにも適応されることです。困ったことです。日本では我々がキチンと境界を維持していますが、それは脈々と高性能であった、わけではないです。大体、晴明殿の魂が還る時は境界があやふやになっている時だ、と言われているのはご存知のとおりだと思います」
世界怪異の教師は、眼鏡をかけ直しながら言う。
「まあ、今は安倍家が目録を編纂しますから、日本ではダイジョウブです。でも、そう、問題は他国でしてー……」
およよ、と教壇に置かれた机に身を崩していく。
「我々は閉じていますからね! 他国も同様に閉じてますからね! 他国サマ、どうして怪異を輸出しちゃったの? スレンダーマンとか、日本に出ちゃったんだけど? みたいな……」
スレンダーマン――と頭に浮かべた鏡子は、先日の事件を思い出す。
はあ、と小さく吐いた溜息に小さな笑い声が響いた。
耳元で浮かぶ少年の声だ。
くすくすと笑い、その記憶を引き連れる――――。
なんちゃ更新が遅いやないかー!?!?!?
許して! これから頑張るから!! 許して!!
学園アイドルマスターおもしろすぎないか!?
許して!!!!!