第零話『陣定』
次々に、とある者達が入場する。すでに屋敷にてその者達を迎えようと赴いていた数多の人は、屋敷の入り口にて一つの波が打つように頭を下げた。
とある者達は、男であったり、女であったり、大人であったり、青年であったり、少年、少女であった。その者達と言えば、少年少女は見受けられないが、青年であり老年であった。
とある者達は、ある広間へ通される。そこで一見すると一昔前の殿と家臣が面会をする場のように、一段上がった畳の間には御簾がかけられていた。
とある者達は、一列に並んで膝を畳む。皆一様に背筋を伸ばして、その時を待っている。
一人の男が、音もたてずに上座の段、その近くに座った。とある者たちの中、一人の少年が息を呑む。
「安倍家次期当主、土御門次期当主、――両二名のおなりでございます」
一度、大きな太鼓の音がなった。その音色を合図に、一文字に座る彼らは息を合わせて頭を付く。手指を綺麗に揃えて、足先を綺麗に揃えて、または交えて……深く深く、首を垂れる。
衣擦れの音と、案内をする囁き。そして、小さく息を吸う音がした。
「陰陽五家、よく集まってくださいました。では、始めましょう」
「はい、姉さま。つつがなく。――五家よ! 頭を上げよ! これより……陣定を取り計らう! 陰陽五家よ、今一度、叩頭せよ!」
再び、大きく鼓が鳴る。五人は一様に深く叩頭し、その間に御簾が上がる音がする。
「結構。頭を上げてください」
五人は眩い光を錯覚して見上げた御簾の奥。そこに座するは二人の女。
手前には、同じように頭を上げたのだろう……一人の若い女と、その女が見つめる先に、同年代であろう若い女が座っていた。
「では、毎度の報告をお願いいたします」
そう言って、奥の女――否、少女は微笑んだ。
どこをどう見ても中学生程度にか見えない少女は、誰よりも上の場にて笑っていた。
一見すると奇妙である。二度見ても奇怪である。しかし、この場ではこの世界に生まれたものならば、至極当然と目を吊り上げるであろう。
これこそが、生まれによる階級付の世界である。これこそが、力による隔絶の世界である。
つまり、彼女は――――。
「賀茂家当主、賀茂次晴にございます。北海道における怪異の出現は、やはり年を追って減少の一途をたどっており、境界の協力者とも異常なしとの合致となります。が、極端に減る年もあり、一度幽世にて調査を実行する必要あり、と申し上げたく存じます」
この場において、全てを掌握している最上位に違いなく。
今発言している男でさえも、彼女に逆らえる道理など何処にもない、というに外ならず。
一列に並んだ五家と呼ばれる男女共々、その周囲にて固唾を呑んで会議を見守る固い面の者共も、全てにおいて彼女に否を飛ばせない。
それほどまでの唇の微笑と、それほどまでの瞳の力。
「……滋岳家次期当主。ご報告。東北における異常と呼べる数値のブレは微小。問題無し」
「き、鬼一家次期当主を仰せつかります、柊です。中部にて微小の脈の乱れを感知、今調査中で……」
「柊、ちょっと違う。発言をお許しください、土御門殿」
「――よろしいでしょう。御影」
「は」
慌てる少年の肩を取った少女は、土御門と呼ばれた少女に深く頭を下げた。
「中部にて来る微小の乱れの調査は、今朝終わっています。間に合わなかった、というだけです。定終わり次第、ご報告にいきます」
「よろしい、次」
柊と名乗る少年は、隣の少女に肩を小突かれた後に、僅かに腰を丸めた。
それをくすくすと見守る最上段の少女を、土御門が溜息と共に見やる。
「三善家次期当主、三善一誠です! 関東は概ね良好、そろそろ幽明境の百鬼夜行かも、くらいですかねー? 何かあったら都度連絡しますっ!」
「よろしい。……蘆屋からは?」
「……特になにも」
「ありません、だろ? あ、き、ら!」
「……ありません」
最上段の少女が頷くと、また一つ鼓の音が響く。
「皆の報告、しかと承りましたわ。目録の編纂はいつものように。何か一つでも、項目を超えるようなことがあればすぐに土御門に連絡をしなさい。……では、鈴佳」
「はい、姉さま」
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、重たく冷たい、鼓の音が屋敷中に響き渡る。
それは終了を告げる合図でもあり、それは己の使命を自覚させる戒めでもあった。
――今、最上段に座る少女が立ち上がる。
彼女の名こそ、安倍鏡子。
安倍が意味するのは、陰陽道の頂、その名こそ安倍晴明の一。
故に証明できよう、この場の異様さを。
故に納得できよう、彼女の偉大さを。
故に、彼女は、そう、疑いようもなく。
安倍晴明、その人であるが、故に。
これは、一つの怪異目録を編纂する物語。
安倍晴明が編集せしめた一つの本。それこそが、この怪異目録。
日本を守るという使命を一つだけの真実とし、時代と共に移り変わる怪異を常日頃更新し続ける、とても地味でとても辛い、彼らの生まれた理由。
たとえそうでも、怪異と人間の境界が崩れたら、それだけで人間達は死んでしまうから。
鏡子はスカートを翻して、夜な夜な街を歩くのです。
それだけが、――鏡子の生まれた意味、なのだから。
それこそが、この身に宿る炎を燃やす意味、なのでしょう、と。
始まりました薄明の丘第二部、薄明怪異目録!
こちらは薄明の丘第二シーズンではありますが、トワイライト→怪異目録、という順番ではありません。
ので、単品でも楽しんでいただけたらな~と思います。
鏡子編は不定期更新です!
ゆった~り、お待ちください。