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薄明怪異目録  作者: 立花 みかん
第二章
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第十四話『いつもそばに』

紹介イラストにて、『蘆屋彰』『天后』『騰蛇』のイラストを追加しております!


「いつ行かれますか?」


 貴人が目を伏せて鏡子に尋ねた。スマートフォンを触っていた鏡子は、その目を窓へ見やる。


「……少なくとも、今すぐに、ではありません」


「賢明です。一先ずはお休みになられるのが、よろしいかと」


「鏡子ー、お風呂準備完了よ! ほらほら、そんなに緊張してばっかりじゃ出来るものも出来なくなるわ」


 朱雀が鏡子からスマートフォンを取り上げて、お風呂場へ背を押した。

 ホテルの広い部屋を宛がわれても、鏡子はベッドの傍の机の近くに立ったまま動かなかった。ずっと光る液晶に目を通していて、式神二人も密かに眉を顰めたものだ。いくら晴明の魂といえど、今代の筆頭といえど、彼女は未熟だろうに。

 貴人は、十二神将の実質的な責任者だ。奔放な玄武とは違い、彼の言葉や態度にはその責務を感じさせるものがある。だからこそ鏡子を目に掛け、尊重し、導きたいと言葉を掛けているのだが……。

 四神の一人である朱雀も、ちょこちょこと鏡子の周りに顔を出して声を掛けているが、上手く伝えられない。どうしたものか、このまま一睡もせずに策を練るのか――――?


「よくないよくないから!! ほら鏡子、バンザイして!」


「……バンザイ!? 鏡子、もうそんな年では、ちょ、ちょっと!!」


「はいはい! ではでは、ごゆっくり~」


 慣れた手つきで服を没収され、そのまま湯船に放り込まれた。

 広い浴槽だ。二バウンドで着地して、鏡子はそのまま湯船に沈む。諦めよう。この時間だけは……。

 ぼ――っと、お風呂場の天井を見上げる。換気扇と、水滴。落ちてこない。

 そういえば身体を洗わずに放り込まれたんだった――と立ち上がろうとしたその時、鏡子は反射的に湯船にダイブした。しなければならなかった。だって、だって……!!


「スレンダーマン!?!? なぜここに!?」


「ちょっ――と。大きな声は出さないで貰えるかい、外の二人が来てしまう。あとプロフェッサーと言い直してくれ給えよ、オンミョウジ、サン!」


「ななななんで裸なんですか!?」


「ノー! ちゃんと着ています。アロハな水着を! ニホンは混浴がマナーと教えてもらいました」


「それは温泉でしょう!? いや温泉でも混浴は珍しいんですが!?」


「欧州では普通ですが……」


「ここは!! 日本!! です!!」


 はあ、とプロフェッサーの溜息が聞こえる。聞こえるが、聞こえるが!! そんなの今の鏡子のぐるぐるとした頭では何もわからない! 何がどうしてこうなった!? 湯船に顔を付ける勢いで、鏡子は混乱していた。

 有り得ませんわだって目の前に半裸の男がいるんですよ!? 水着来てますけど!! あ、あ、あ、有り得ない――!! と心の叫びは歪な波紋となっているが、誰の下にも届きはしない。ただ鏡子の体温が見る見る内に上がり、やがてぶっ倒れるだろう……とプロフェッサーが傍目にわかるくらいだ。

 ふむ……と彼は思案した。とっとと本題に移ろう、と。

 乳白色のバスチェアに足を組んで座って、シャンプーハットを被った。やはり紳士たる者、帽子は必需品だ。


「ではニホンのマナーは明日教えてもらうとして、中々面白い事態になっているようですね」


「何がですか!」


「だから、声は、抑えてと」


 ずい、と浴槽にプロフェッサーが近づいた。鏡子は息を飲んでしまう。


「良く出来ました」


 鏡子の濡れた髪を撫でて、プロフェッサーは座りなおした。ふむ、と人差し指を顎に当てている。


「ワタシ、大きさには自信があるのです」


「……はぁ?」


「ここは、デカさバトルと行きましょう! オクトパスとワタシ、どちらが本物のビックスターか勝負といかねば!!」


 だんっ、と立ち上がったプロフェッサーは推定巨大タコがいる湾の方角を指差した。


「いざ!! 日本の夜明けゼヨ!!」


「――……とりあえず」


 意味不明な出来事が連続すると、案外人間は冷静さを取り戻すらしい。

 鏡子は静かにシャワーヘッドを手に取った。なんなら笑顔も浮かべられる。


「消えてください」


 そのまま冷水をマックスにして、プロフェッサーへ打ち当てる。

 プロフェッサーは情けない声を出しながら、スーーと半透明になって消えていった。

 その後鏡子は彼が座っていたバスチェアをシャワーで洗い、お風呂場の工程を無表情でこなしていく。その最中に急に客室に現れた半裸プロフェッサーに朱雀が叫び声をあげていたことを知る由もない、鏡子なのであった。




 鏡子が髪をタオルで拭きながら部屋へ戻ると、朱雀が貴人の後ろへ隠れたまま、プロフェッサーと距離を取って睨み合いをしていた。貴人はさも気にしてない素振りで、ただ朱雀が後ろを取っているのでどうしたものかなあ、と恐らく考えているようでない表情をしている。

 プロフェッサーはスーツを取り戻したようで、ソファに優雅に座りながらカップで何かを飲んでいた。


「すみません、鏡子の……えっと……」


 二人……二柱が鏡子の言葉を待っている。なんて言えばいいのか、わからない。

 え……っと。


「……教授? がご迷惑をおかけしました」


「教授!? いやいやいや、有り得ないでしょ! 半裸だったわ! 半裸よ、半裸!!」


「そうですわね。外国では普通なのでしょう」


「遠い目で言わないで!?」


 鏡子は二柱とプロフェッサーの間のソファの余りに座った。貴人が動く。朱雀は「あ……」と言いつつも、ぴったりと貴人を盾にして移動を共にしている。


「ありがとうございます」


 貴人が机に置いた冷や水が入ったグラスを傾けて、鏡子は息を吐いた。


「このプロフェッサーは――……ええっと……」


 鏡子の悩ましい目を受けて、プロフェッサーは口元に笑みを描く。


「怪しさなんて欠片もない! オンミョウジサンの助けになるために脳を砕いている、ただのプロフェッサーさ。頼りにしてくれ給え」


「はあ……。まあ、主の首輪に繋がれているのならわたくしからは何も、言いませんとも」


「そ、そうね。しかもよく見ると影じゃない。私の敵じゃないわ……」


「飼い犬から手を噛まれる主でもありますまい。噛ませもしませんが」


 貴人の笑わぬ目元に肩を竦めたプロフェッサーは、大人しくカップを傾けている。


「……どうしていらしたんでしょう。鏡子、呼んでいませんわ」


「良い質問だ。ではワタシはこう答えねばならない。呼ばれないから来た! と!」


 鏡子の眉毛が寄っていく。朱雀は鏡子の髪が濡れていることに気付いて、慌てて後ろへ回った。


「オンミョウジサン、キミはとても良い匂いがする――。食事がワタシを待っている――のですから、ワタシが随伴するのは必定といえるでしょう。……簡単に言ってしまえば、アレ、です」


 プロフェッサーが指差したのは、朱雀が置いた鏡子のスマートフォンだ。


「アレの隙間に、ワタシの欠片をちょこっと、混ぜました」


「ま、まぜ……?」


「平成のゴーストは電波にも対応可能ですよ。エクソシストもそれはそれは大変そうだった」


「つまり――鏡子のスマホにGPSでも仕込んでいた、ということですわね」


「ええ、まあ。そうですね」


「へ、変態だわ!!」


 朱雀がガタガタと震えている。鏡子の髪が波打っている。


「はぁー……」


 鏡子はソファに深く沈んで、空のグラスに汗を掻かせている氷を見た。カラン、と同情の音が聞こえる。


「だから――ある意味アレはワタシの分身ともなったわけで……。つまるところ、キミが何を知りたいかは既に承知です。アッコロカムイ、歌声、それらから導かれる普遍的な資料は既にメモ欄にまとめています」


「え」と声を出したのは朱雀だ。


「ごゆっくりお休みを」


 その笑顔が、鏡子を固まらせるには十分すぎるものだった。

 あまりにも突然なことで、有り得ないことで、鏡子は逆に混乱した。


「で、では、鏡子は……」


「子どもは明日に備えて寝ること、でしょうね。そうは思いませんか? キジン、サン」


「……ええ。わたくしも、そう思います」


 男二人の見えぬ目は、同じ色をしているようで鏡子は戸惑った。でもそれを表に出せる器用さはない。から、「そうですわね。やることがないなら……」と目を背けて、歯を磨くために洗面台へ逃げ込んだ。

 しっかりしろ安倍鏡子! と力強く歯を磨いて、鏡子はベッドへ滑り込む。寝室を隔てた灯りの付いた部屋に、表している姿は一人もいないが――――。

 言いようのない緊張は、朝日が差し込み鏡子が起きてくるまでじっとりと続いていた。


事案すぎる。

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