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薄明怪異目録  作者: 立花 みかん
第二章
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第十三話『深秋の噴火湾』


 新千歳空港に着くと、すでにロビーに賀茂家からの使いが複数人鏡子を待っていた。歓待している、というかその顔色はまるで救急車が到着した際の安堵と不安が混在したそれだ。鏡子はすぐさま駆け寄ると、待たせてあるという車まで小走りで移動する。


次晴つぐはるの容体はどうですか」


 鏡子の隣に乗り込んだ男性――水野は、所謂いわゆる賀茂次晴の側近だ。30代前半の筋肉質の男性で、賀茂次晴の幼馴染である。


「良い、とは申し上げられません――が、話が出来る状態まで回復はいたしました。……ご安心ください。五体満足です」


「そう――ですか。……そうですか」


 身体の芯まで固めていた力が緩まる感覚だ。本当に……本当によかった。

 鏡子は表情は崩さずとも、少しだけ視界が揺れた気がした。そんなこと、無いんだけれども。

 しかし、賀茂次晴が撤退させられてしまうほどの怪異が出現する? そんなことがあり得るのか? 有り得たからの事態であることは百も承知である。だが、だけど、……。

 そのように鏡子が一人で考え込んでいると、車が病院へ着いたようだ。

 水野の案内に従って、鏡子は病室へと駆けこんだ。


「次晴!!」


「……鏡子殿、よく、いらっしゃった……」


「次晴、そのままで大丈夫ですから。起きなくて大丈夫、誰も部屋には居れておりません!」


「そうですか、……申し訳ない」


 機械音と、強い病院の独特な匂いと、――血の匂い。

 巨体の男がチューブに繋がれ、体中を赤黒い包帯で巻き尽くして、白いベッドに横たわっている光景のなんと――惨たらしいことか。

 

「……次晴。辛いのでしたら、眠っていても鏡子は構いませんわ。詳細は朱雀と貴人も承知のことでしょう?」


 鏡子が近づくと、次晴の瞳がまっすぐと鏡子を捕らえた。


「いいえ。自分が、この口で、お話いたします」


「……わかりました。では、次晴。次晴の任は、鏡子に引き継ぐところまで、です」


「……承知いたしました。……今、お話してもよろしいか」


「ええ。怪異はこちらの都合など考えないでしょうし」


「では……」


 鏡子は傍の椅子に腰かけた。

 心音を知らせる機械音の、なんと空恐ろしい音色か。


「結論から、申し上げますと、自分が遭遇した怪異は……巨大なタコ、でした」


「タコ……」


「はい。連日、急に……海難救助の要請が入るようになりまして。海遊の時期……でもございません、盆でもない……。加えて、噴火湾は穏やかな海でございます。……おかしい、と思い調査の者を出したところ……全員、戻りませんでした」


「一般人並びに、こちらからも死者が!?」


「ええ――死体は、発見出来ておりませんが、おそらく……。自分の観察を経て、鏡子殿に文を認めようと思い、船を出しました。奥へ……奥へ……進むと……美しい歌声が響いていて……。クジラ達がまるでショーのように跳ねて……美しい初冬の景色が……ああ、でも、全てがおかしい……」


 次晴の瞳が、病室の天井を見ているようで見ていない。


「息を飲んだ時――――悲鳴のような……声が……。青い空に、飛びあがるクジラ……それを絡めとる、……触手。海は赤く染まり、水平線が黒く持ち上がる……目が二つ……。一瞬の内に乗っていた船は、巻き付いて来た触手に砕かれました。朱雀と貴人の奮闘もあり、死者は出ませんでしたが……クジラは、死んでしまった」


 次晴は悔しそうに瞳を細めて、鏡子を見た。


「水野が言いました。あれは、アッコロカムイではないか、と」


「アイヌの神ですわね」


「ええ。神――神か、とわらったもの、です……。確かにそれほどまでの、脅威でありましたが……」


 機械音が少しばかり煩わしい――と考えてしまった思考に嫌な予感がして、鏡子は素早く心電図モニターを見た。

 医療の心得はそんなに無い。だけど、脈拍が140と出てる――。


「次晴、もう大丈夫ですわ。ありがとう、あとは鏡子にお任せを。朱雀!」


「はい。お傍に」


 躍り出るは、安倍鏡子が賀茂次晴に与えている二柱の一、朱雀だ。

 

「水野を呼んでいただける?」


「御意」


「貴人」


「ええ、こちらに」


 次に足音を宙から地に響かせたのは、二柱の一、貴人だ。

 目を薄らに開けて、薄く微笑んでいる。


「……朱雀は置いて行きましょうか?」


「いい、え。お連れください」


 水野が入って来た。次晴の様子を見て、ナースコールを押している。


「必ず、鏡子殿を、お守りせよ……!!」


 貴人は扇子を広げ瞳を背け、朱雀は力強く頷いた。

 鏡子は二柱を連れて病室を後にする。外には車を運転していた女性が待っていたが、すぐに水野が病室から出て来た。


「水野。次晴の傍にいても鏡子は構いませんわ」


「そうしては私が次晴様にどつか……お叱りを受けます。鏡子様、ホテルまでご案内いたします」


「……そうですわね。お願いします」


 確かに――次晴はそういう人だった。

 また車に乗り込んで、外の景色を眺めながら鏡子は昔に思いをはせる。そうだ、次晴はいつでも頭の固い……良い先生だった。

 賀茂次晴――鏡子の、幼い頃の師範……陰陽道における先生だ。鏡子の体術も、術の基礎も、全て彼から叩き込まれたもの。幼い頃は『鴨よりクマみたい!』と悔しながらに口にしてぶっ飛ばされたっけ。

 いつでも礼儀正しく、道を重んじて、陰陽師というか武士たれ、みたいな人だった。陰陽五家――五山の中では一番の古株で、鏡子がこの椅子に座るまでは、実質の長だった人だ。

 そんな頭脳も武芸にも秀でている先生が、あの有様だ。


「神――……」


 このご時世に、神が姿を現すなんて……。境界がきちんと管理されている今の世で、荒魂の如く顕現する神がいる――?

 にわかには信じられないが、次晴の言葉に嘘があるなんて最も信じられない。


「……ま、鏡子の敵では、ありません」


 ホテルの一室で、鏡子はそう呟いた。

 姿を現している式神二人も、その言葉を聞いて返すものは何もない。

 安倍晴明の魂が返る時――……いつの時代も、それは――――。

えたってなぁあああああああああい!!

コロナにかかっちゃった……40度かますのはつらい。

というか40度でるのかよ!? って体温計みながら思いました。まる。


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