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薄明怪異目録  作者: 立花 みかん
第二章
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第十話『虹』


 朝のアラームよりも先に目覚め、歯磨きの最中に鳴る電子音を止めた。

 鏡子はテレビもつけずに、自室に運ばれた朝食に口をつける。甘めの卵焼きを流し込んで、お米を流し込んで、お味噌汁を流し込む。トイレのドアを閉めて制服に身を通せば、もう太陽は完全に目覚めてしまったようだ。

 部屋を出る前に忘れ物に気付き、鏡子は机の上に伏せてあったスマートフォンを拾い上げた。何気なしにつけた液晶画面に、一つの通知が違和感を主張している。


「……プロフェッサー?」


 メッセージアプリが示す名は、『プロフェッサー』。――あの怪異?

 しかし、当たり前に怪異と連絡先を交換するはずもない。なにせ、鏡子は必要以上にスマホを使わないのだ。だからこれは、有り得ないこと。なのだが……。


『おはようございます。何かと便利と思い、連絡先に忍び込ませてもらいました』

『何かお困りの際は、此方に連絡を。直接お越しいただけると私は嬉しいですが、君は少し困るのでしょうから』

『それでは、いってらっしゃい』


「……勝手に友達に追加されてますわね」


 最後に送られている変なハット帽のスタンプに笑いながら、鏡子も『おはようございます』と、いってきます、のスタンプを返した。

 そうして駆け足で寮を降りていく。差し込む陽が、今日は何だか少しだけ……優しかったような気がした。




 教室への道のりは簡単だ。寮から教室へ行くのなら、一般の生徒と交わるのは靴箱から。

 制服だって一部を除けばほぼ同じだ。だから、そんなに目立つことは無い……とは、他人からは思えない。

 上位の中の上位、Ⅱ類の生徒は何をしても目立つ。噂は感染症のごとく広がって、それに引き付けられた興味の目は無遠慮を隠そうともしない釘に等しい。それを澄まし顔で歩く鏡子……に続くように、Ⅱ類の生徒達も一限に合わせて靴を履き替えるのだ。自ずと、靴箱に皆集合する。

 一言二言交わして、Ⅱ類の生徒は別の棟へと消えていく。

 その後ろ姿を、興味ないと見ない者、何があるんだろうと好奇心を向ける者、近づいて一時の地位を夢見る者……それぞれの瞳が見送った。


「彰くん、おはよう! 一時間目、間に合ってるよ。えらいね!」


「……ああ」


 一限ギリギリに扉を開き、音を立てて座る彰。その近くに座る鬼一柊きいちしゅうが、椅子を寄せて彰に微笑んだ。彰は目を一度だけ柊に向け、感情の薄い声で返答する。冷たい返事だろうに、柊は嬉しそうに目を瞬かせると、小さめの動作で椅子を戻していた。

 ――教師が扉を開く。それに続くようにチャイムが鳴る。鏡子は息を吸い、皆の起立を促した。


「それでは、今日は英語の授業から始めます。教科書23ページを開いてください。では、前回の復習、疑問詞から……」


 Ⅱ類の一斉教育の際、宛がわれる教師は皆、陰陽に連なる家系の者だ。

 それもそのはず。この異様なクラス編成、普通ではない。そして行われる授業も、普通ではない。

 中学一年の鏡子に合わせることはない。最初からカリキュラムは高等教育がベースで、そこに義務教育の内容をアレンジさせたものだ。だといって、鏡子が眉をしかめることはない。

 なぜならば、鏡子にとって義務教育の範囲はもはや復習に近い。彼女達が幼少の頃より受けて来た教育は、日本国民としての自己を形成させる時間を効率よく回し、如何に陰陽師としての特別育成に時間をかけられるか、を意図してカスタマイズされた――ある意味の帝王学だ。

 故に皆、普通の科目の授業は……退屈だ。

 一問一答に近い。箸でご飯を食べる感覚に近い。掴むことに苦手な食材はあれど、出来ないことは無い。


「今日の授業はここまで。お疲れさまでした」


 鏡子に至っては、苦手な普通科目など存在してはいないのだが。――いや、してはいけないのだが。

 だから、国語とか英語とか、数学とか……そういう授業の時間は、あまり好きではない。

 だって、一度学んでしまえば、精度をあげようとしても無駄なことだ。

 鏡子は大学にはいけない――。

 この学園を出たら、安倍家の当主として日本各地を飛び回る使命がある。そんな未来に、こんな勉強、一体何の役に立つのだろう……。

 出来て当然に、上はない。さらに出来たって、何になる。

 嗚呼、でも……出来なければ、失望される。それはあまりにも、怖すぎる。


「次の授業は……」


 音楽か。鏡子は立ち上がり、教材を引き出しから探り当て、教室を一人出た。

 合唱コンクール――……それには、参加しなければならない。Ⅱ類だけいないのは、おかしいし。

 ただ人数があまりにも少ないので、音楽の時間だけは、Ⅰ類や他のクラスに一人ずつ配置される。正直面倒だと感じるⅡ類の生徒達だが、これも普通に社会に紛れる訓練なのだろうと、皆納得してそれぞれの時間に音楽室へと移動する。

 二限の音楽は、鏡子の番だ。陰陽棟から一般棟に一人移動しながら、ぼんやり外を眺めていた。

 ふと聞こえる、綺麗なメロディー。女性の歌声が、仄かに音楽室から漏れ出ている。

 鏡子が控えめに扉を開けると、一般棟の女生徒が恥ずかしそうに肩を跳ね上げた。


「あ、あれ!? もう二限ですか!?」


「え? ええ、そうですが……」


「ああぁああ大変っ!! あ! え、安倍さんですよね!? Ⅱ類の!? あ~! そうかあ……! 教室ここじゃありません!」


「え、ええと?」


「隣です!! 行きましょう!!」


 そのお下げ髪の女生徒は、鏡子の手を取り勢いよく腕を引いた。鏡子は若干驚きながらも、その背中を追うことしか出来ない。

 そして開かれた隣の扉には、既に生徒が集まっているようだ。

 部屋を間違えたのか……と鏡子が前髪を直していると、女生徒は頬を掻きながら照れた笑みを浮かべていた。


「ちょこちょこ部屋変わるから、間違えてまう……ちゃいますよね。あそこ、一人で練習していいって……貸してもらってて」


「ああ――。確か、ソロパートがあるのでしたわね?」


「はわわ……。そうです……まあ、ソロというかソリやけど……」


「これは練習をお邪魔したようで、失礼しましたわ」


「い、いえ! ぜんぜん! お構いなく! なんなら次も間違えちゃって大丈夫なのでー!!」


 女生徒は手をクロスさせながら、何かを必死に弁解しているようだ。鏡子はその真意が読み取れず、ただ首をかしげるばかり。そんなことをしている内に、先生が入ってくる。

 Ⅱ類が混じる授業の時の担当教師は、普通の先生。鏡子は肩の力を抜いて、ソプラノの位置へ移動した。

 最前のひな壇には、先程の彼女がいる。鏡子はその思考を最後に、彼女への興味を伏せた。

 合唱コンクールの練習期間はおよそ二ヶ月。その間に、音楽の時間や朝、昼、直前には放課後に時間を取って練習をする。鏡子も出来得る限り、練習には参加するつもりだ。大切な時に足を引っ張りたくはない。

 鏡子が配置されたクラスは、普通科の1年2組だ。好奇な目で見られることには慣れて来たけど、あまり好いものではない。

 さて、と鏡子は小さく息を吐く。先生がピアノの前に座った。少しの発声練習の後、このクラスに与えられた合唱曲を一コマ十分に練習しよう。『虹』――、ソプラノの彼女の声は小さな音楽室ではもったいないくらい綺麗に響いていた。

 そうか。彰も真面目に歌うのか。そう思うと、少しだけ歌うのが楽になって、心が揺れる心地がする。


「あ、あの、安倍さん!!」


「……はい? ああ、……」


 チャイムが鳴り、鏡子が部屋を出ようとすると女生徒の一人に声を掛けられた。ソプラノソロの彼女だ。


「あ、あの、えと、わたし、四方牡丹よもかたぼたんです! さっきはなんていうか、馴れ馴れしゅう話しかけてごめんなぁ。よかったら、今日の放課後一緒に練習しーひん? 隣の音楽室、特別に貸してもらってるねん……」


「四方さん……。今日の放課後、ですか……」


 鏡子は頭の中で今日のスケジュールを思い出す。先日のプロフェッサーの件で特別な呼び出しがなければ、自由のはず。目録の確認、術の研鑽、それはそれはやることは山積みだが、二ヶ月先に迫った学校行事に比べたら喫緊の課題というわけではない。

 まして、彼女達にしてみれば合唱コンクールは一年に一度の一大イベントだ。全ての練習に参加出来るか確かではない鏡子が足を引っ張るなど、想像もしたくない未来。

 鏡子は素直に頷くと、自信なさげに視界を右往左往していていた四方は笑顔を咲かせた。


「やったぁ~~! じゃあ、じゃあ、今日の放課後に絶対来てな!! 安倍ちゃん!!」


「あ、はい……。安倍ちゃん……」


 初めて呼ばれた、苗字+ちゃん。……変な感じだ、と首を傾げながら、鏡子は陰陽棟に戻っていった。

 鏡子が消えた教室で、四方は数人の生徒に囲まれて、今の成果をやいのやいの騒ぎ立てられている。

「どうやって話しかけたの?」「何を話したん?」「連絡先とかは?」「お茶会に誘われた?」「もしかして世界の終わりとか教えてもらった!?」数々のマシンガンは四方には対処不能で、その場にしばし、倒れることになる。


やはり関西弁はわかりませぬ。故に此方でもネイティブ関西人に特別協力いただいております。

助かる……。

ちなみに薄明は、大阪人。おおかみは兵庫人が担当しております。

そして私は福岡人(?)

はよ翔んできて! 福岡! 

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