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薄明怪異目録  作者: 立花 みかん
第二章
12/17

異『無意識の越境』


「彰――……」


 暗闇の教室。生徒がいるはずもない宵闇の刻に、その少年は意識を取り戻した。

 薄らに開けた瞳、覗き込むのは彼の――蘆屋彰に与えられた式神、天后。


「彰。……時間です」


「……ああ、わかった」


 彰はゆらりと身体を起こした。天后は心配そうに、自らの衣擦れの宝石のような音を産みながら彰の顔色を、月明りに伺っている。


「まあまあ、天后。そんなに心配しなくても大丈夫さ。――そうだろう? 彰。彰は、やれる子だもの」


 彰の傍にあった机に足を組んで座る男が、くつくつと笑みを零した。 

 彼の名は、騰蛇とうだ。彼もまた、彰に与えられた式神だ。


「さあ、彰。行こう。俺たちの仕事はまあ……お子様の彰にしたら、眠たい時間だろうね?」


「……何を今さら。だが、まあ……」


 彰は教室の扉を開く。式神の二柱を背において、一瞥の後に扉を閉めた。

 小さく、「――中学生は子ども、であれたらな」と呟いたが、二柱がそれを聞き拾えたかは……どうでもいいことだろう。

 仕事だ。いつもの血の匂いだ。それを粛々とこなすだけ、良い子は眠り鎮まったこの国の影の中で。

 昼間に渡された指示書。それを思い出すと、今日のすべきことはこうだ。

 ・廃家屋で行われている降霊術の術者を、必要があれば排除すること

 スマホに表示されている地図を出して、彰は黒い薄手のレインコートの首元を締め、フードで目元を深く覆う。そうして歩いていく。静かに。笑う式神の男と、目を伏せた式神の女……その二柱を連れて。



「ついたねえ」


 騰蛇が軽やかに言った。彰が見上げた廃家屋は、確かに幽霊が出そう、と言われても不思議ではない有様だ。市民の目から見てもここまで異質なのだ。陰陽の者が見ればそれは、あまりにも臭い。


「……いくぞ」


 二柱の式神は頷いた。彰は家屋に入る前に周りを散策し、丁度良い錆びた鉄パイプを持ち上げる。

 怪異の類には、式神をぶつける――が、人間には? 人間には、これがちょうどいい。

 痛みをもって、わからせるのが簡単だ。痛みと理解は近い関係にある。言葉を介さずに危険を嫌でも思い知ることが出来る。

 ただの怖い者知らずの肝試しなら脅しで十分だ。しかし、たまに、アレがいる。確固たる意識で、確実な悪意で、力を得ようとする者が。今回の対象者がそうならば、そうするまで。握りしめた錆びの汚れが、彰の右手を汚していく。

 彰は靴の音を巧みに消しながら、廃家屋の中へ進入した。


「大体さー、こういうのは幽明境の仕事だろぉ? 彰まで回ってくるんだから、血は避けられないなあ。困るんだよ、全く!」


「彰は出来るだけ下がっていて。わらわ達だけで、大丈夫」


「静かにしろ。俺が呼ぶまで出てくるな」


 二柱は不満げで頷いて――あるいは目を伏せて――姿を消す。彰は溜息の代わりにゆっくりと瞬きを一度すると、進もうとした、その時に。背後から、声がかかった。


「おにいちゃん」


 まるで頭の中を掠めた冷水だ。瞬時に振り返り、その姿を瞳に映す。


「おにいちゃん……」


 幼子の、姿があった。着物をきていて、おかっぱの。


「まさか、始まってるのか……?」


 ――急がなければ。

 彰が幼子に近づきかける指先の一つで、その姿は夜の霧と同化した。確信した。降霊術が完成してしまう。急がなければ!

 彰は一つ、大きく家屋の壁を殴りつけた。壁は崩れ配管に当たったのか大きな音を響かせる。金属の音の屈折、そこから聞こえるビビる声を逃さないために目を閉じた。


「聞こえた」


 瞬時に走る。道の悪さなど彰を阻めるものではない。ただ駆け抜け、目的のドアを蹴り飛ばした――目の前に、また、幼子がいる。

 その周りに、金魚が泳いでいた。

 金魚が、空中を……?


「おにいちゃん。おにいちゃん……かくれんぼの鬼は……」


 彰は鉄パイプを振り上げ、その幼子目掛けて振り下ろした。

 血潮の代わりに、その床を濡らす何かがある。月明かり無しでは、ただのさらさらとした血だと錯覚するだろう。違う――これは、水……?


「ガラス……?」


 幼子がいた周りには、バラバラに砕け散ったガラスと、水が飛び散っている。彰が触っても物質があるので、何者かが此処にいた、或いは何かをしかけた証拠に違いない。

 加えて、数秒間だけ、散らばった水の中で金魚が数匹跳ねていた。彰が疑問に思う傍ら炭のように風に掻き消されてしまったが――、それは幼子の周りの浮遊していた何かであろうと推測をする。


「……術者はどこに……」


 彰は溜息を吐いた。

 疑問は報告する。そのまま、報告する。彰自身の意見など不必要なもの。

 今は唯、言われたことをやればいい。

 彰は静かに重い足取りで、わざと音を響かせながら部屋を回っていく。相手がどの類の降霊術をしているかは正確にはわからないが、まあ、ひとりかくれんぼだろうが――。どうでもいい。見つければいい。それでいい。それだけで、今日を終わりに出来る。


「んぐッ、ごほっ、ごほっッ……ッ!!」


「そこか」


 あからさまな引き攣った喉の音。それを殺したい意識と生理的な吐き出しの反応。――生命だ。

 畳を踏み荒らし、彰は膝を曲げ、静かに襖を開いた。


「ひいッ!! だ、だだだれだよ、誰だよお前ッ!!」


 襖の奥にいた大学生くらいの男は、手にスマートフォンを持っていた。見える液晶の画面は、Twitterだ。リアルタイムの投稿だろう。殺すのは――「不味い、かなあ」だろうな、と彰が騰蛇を見やる。

 だから、次の呼吸を与えずに彰の右手が、相手の顎へ強く深く入った。意識を飛ばすにはそれだけで十分だった。相手が奥に倒れる際に鈍い音がしたけれど、それも「ヒュウ。俺の出番は無しかな。つまらない」


「天后。辺りを浄化しろ」


「ええ、わかりました」


 この男は学園へ連絡を入れて、引き渡そう。後は大人が勝手にやる。

 天后が降霊術のせいで常世との境界が崩れた線を引き直している間に、彰は学園へ電話を入れた。廃家屋の窓から学園の車が来るのを見下ろすと、そこから出て来た男たちにわざと発見されるように立つ。何人かが下の何処かから此処に来るだろう。術者を適当に置いて、もうここから離れるか。

 駄目だ。報告すべきことがある。


「生きてるんか、なんで?」


 部屋まで上がって来た職員が、残っていた彰に声を投げた。彰は月を見ながら、会話に成りはしない音で返す。


「Twitterで実況している。恐らくはひとりかくれんぼだ。じゃあ、俺は帰る」


「はァ? めんどくさ――――」


 彰はそのまま飛び降りた――。およそ2Fの崩れた窓から飛び降り、騰蛇の助けをもって地に慣れた足で着地する。そのままレインコートのポケットに両手を入れ、学園の車を通りすぎる。その最中、車に残ってた一人の職員が見ていたが、彰はレインコートのフードを深く被り目を合わせなかった。

 彰はスマートフォンの時刻を見る。午前4時を彰に告げている。それさえも、どこか嘲笑うようで。

 一限のつまらない授業までに、眠れる時間は今日も無さそうだ。

実は薄明シリーズの世界線は、平成のままです。

なので、TwitterはTwitterなのです!!!!!!!!!!

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