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第8話 美優には敵わない

父さんから家を譲ると言われて一ヶ月。

ついに両親の引っ越しの日がやってきた。

今は引越し会社の人たちがやってきて両親の荷物を運び出している。


「拓哉がここに残ってくれてるおかげでガスや水道はそのままでいいなんて本当に助かるよ」


「まさかそれが目的で俺に家を譲るなんて言い出したんじゃないだろうな?」


「まぁまぁ拓哉。出ていって違うところに住めって言われるよりはいいでしょ?」


俺が疑うような目で両親を見ていると隣で美優が苦笑する。

少し荷造りが終わってなかったので手伝いに来てくれていたのだ。

無理に手伝わなくてもいいと言ったのだがもう村松家の一員だからぜひ手伝いたいと言ってくれたのでお願いすることにしたというわけだ。


「それはそうかもしれないけどさぁ……」


「ふふ、美優ちゃんその調子よ。そのまま拓哉の手綱をきっちり握っちゃいなさい」


母さんが茶化してくる。

一体どんだけ母さんは俺が美優の尻に敷かれることを望んでるんだ?

ここ最近そんなような言葉しか聞いてないぞ?


「頑張ります。ね?拓哉?」


「なんで俺に振ってくるんだよ……」


なんて答えろと?

めちゃくちゃ答えづらいんですが。


「相変わらず仲が良さそうで良いわね。拓哉も一緒に生活するようになったら美優ちゃんに迷惑ばかりかけちゃダメよ」


「うっ……分かってるよ」


一瞬答えに詰まってしまったのは自分でもありえる未来だと思ってしまったからだ。

男というのは好きな女性には頼りにされたいもの。

それは俺とて例外ではないのだ。

そんな未来はなんとしても避けたいところだ。


「それじゃあ私達はもう行くわ。二人とも健康に過ごしてね。たまに遊びに来るから」


「拓哉、元気でな。美優ちゃんも拓哉のことをよろしく頼むよ」


「お任せください!いつでも遊びに来てくださいね」


「いってらっしゃい。父さん、母さん」


美優と並んで両親を送り出す。

今生の別れってわけでもないしどうせすぐ遊びに来るだろう。

両親は手を振りながらタクシーに乗り込んで出発していった。


「行っちゃったね……」


「ああ……」


両親が引っ越した、それを意味するのは俺達の同棲の開始だ。

緊張しないはずがない。

一緒の建物で寝たのなんて小学生までか修学旅行くらいのものだ。


「引っ越しの日は来週末だったよな?」


「うん。荷物も順調にまとめ始めてるよ」


美優のことだからきっと計画的に準備しているのだろう。

その準備の良さは俺も見習うべきだろう。

母さんに言われた通りあまり美優に迷惑をかけたくないしな。


「手伝えることがあったら何でも言ってくれ。俺にできることならするから」


「ふふ、ありがとう。頼りにさせてもらうね」


「おう。いくらでも頼ってくれ」


美優に頼られるならどんな重い荷物も持ち上げられそうだ。

頼りにする、という言葉だけでもやる気は満ちるものである。

出番は無いかもしれないが……


「それにしても美優と一緒にこの家に住めるとはな……ついこの前まで想像すらできなかったよ」


「私だってそうだよ。思い出がつまったこの家に拓哉と一緒に住めるなんて……」


美優は感慨のこもった目で両親がいなくなり余計に広く感じる家を見つめる。

おそらく美優の脳裏には小さいとき家に遊びに来ていた思い出が駆け巡っているのだろう。


「覚えてる?よく一緒に拓哉の部屋でボードゲームとかやってたよね」


「ああ。俺が負けたまま終わりたくないって夜遅くまで美優を付き合わせちゃってたっけ」


昔の俺は負けず嫌いで絶対に負けたまま終われないタイプだったのだ。

美優は呆れながらも付き合ってくれていたのが今では懐かしい。


「それでそのまま寝ちゃってよく怒られるまでがセットだったんだよね」


「あはは!そうだったな」


起きたら毛布をかけられていていつの間にか朝だった、というときもあった。

なんなら眠くて動きたくないという理由で一つしか布団を出さずに同じ布団で寝たこともあった。


「ふふっ……ようやく笑ってくれた」


「え……?」


「ずっと顔が強張こわばってたよ?」


そう言われてさっきまでずっと硬い表情をしていたことに気づく。

それで美優は笑えるような懐かしい話をしていてくれていたのか。


「何かあったの?」


「その……美優との同棲が見えてきて少し緊張してたんだ」


自白するのは少し恥ずかしかったが素直に教えた。

付き合いの長い美優には隠そうとしてもどうせバレてしまう。

俺の自白を黙って聞いていた美優はニッコリ笑って抱きついてくる。

いきなりのことにドキッとしてしどろもどろになってしまう。


「ど、どうしたんだ……?」


「私もずっと大好きだった人と住むってなって緊張してるんだよ?ほら、聞こえる……?」


美優に言われ聞くことに集中してみる。

すると心臓の鼓動が強く感じられた。

もはやどっちの鼓動か分からないほどに二人の心臓は高鳴りあっていた。


「本当だ……バクバクいってるよ」


「でしょ?二人とも緊張してるんだから拓哉も考えすぎなくていいの。慣れるまでも慣れてからも一緒に助け合っていこ?」


美優は優しい笑顔で励ましてくれた。

自然と緊張が薄れていき笑顔になる。

本当に……美優には敵わないな……

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