語らう
サリエリ・クリウーチと約束した最終日にあたる明後日。夜の七時にあの傾斜林へ行けと、至愚は提案してきた。
天使代理人どもが騒いでいるのを隠れ蓑に、どさくさでマジナイを発動できそうだと、彼女は零していた。古ぼけた小刀を手にイヨ子は意を決する。
マジナイなんて関係ない。自分の心に従い、行動するのみ。
次の日、急いで市内にある川に向かった。昼下がりの穏やかな気候の下、『おまじない』通り、パビャ子が想像した景色に佇んでいる。やはり奇跡なのか。
「パビャ子さんっ!」
嬉しさに駆け寄り、彼女の変わりなさに内心安堵する。
「どこいってたんですか?!」
「秘密」はぐらかされ、リクルートスーツの女性が歩くのを眺める。
「あそこら辺に座ろうよ」
土手に設けられた階段を指さし、二人は座り込んだ。久しく二人きりだ。
「失望した?」
世間話のように、彼女は開口一番にそんな言葉を吐いた。
「騙して、弄ばれたら普通は嫌いになるよね?私はね、イヨ子ちゃんを利用していたんだ〜。最初から!気づかなかった?チョロすぎて途中から可哀想になっちゃった」
「何も思わないです。嫌いにもならないですし」とイヨ子は答えて水面を眺める。キラキラと反射する光が長閑で気持ちと剥離していた。
「へー、ドライな性格してるね」
「今更感満載な言い方やめてください」
「知ってるよ。イヨ子ちゃんが強がってるの。怖いでしょ。私が」
否定はせず、ため息をついた。しかしパビャ子は同じく水面と野鳥を穏やかに眺め、静かに語り出した。
「…彼岸なんてものはないんだよ。人間が作り出した、偽の世界。この世の者でない部類も、人間が作り出した偽物。偽物がまかり通る世の中。それが人の世界。『なきさわめのかみ』になっても、プラスにならない。虚無で意味のない、悲しい世界。それがこの星」
「知っているんですね。私の考え」
「自己犠牲なんて私を馬鹿にするのにも程があるんだよ。お前」
お決まりのおちゃらけたリアクションをやめて、真顔で告げられた。瞳孔が開いた双眸は無機質で、殺意すら滲み出ている。
「パビャ子さんの素面、初めて見ました」
「あはは!変な人!」
ゲラゲラと人目を気にせず、大笑いをする。ひとしきり笑うと、呼吸を整えながら目尻にたまった涙を拭いた。
「パビャ子さんはね。元々、『ワーカーホリック』だったの」
どんな事をしていたかはその口から明かされなかった。ただ──ある日、あの神社に立ち寄った。
パビャ子はかの神社に祀られていたこの世の者でない部類が好きになったらしい。人らしい意思は無かったが、過ごす日々はパビャ子にとっては楽しかった。
大戸或女神という神に当てはめられた通り、ソレはそのような能力を持っていた。
ソレと過ごす日々は何より自由だった。境内でその世の者でない部類の隣にいる時は解放された気分だった。
「不思議とイヨ子ちゃんに雰囲気似てるんだよね。人の形はしてなかったのに、さ。世間知らずで間抜けな所がさぁ」
『色々あって』この世の者でない部類は殺された。村人の仕業である。神殺しをした奴らに残された土地を好き勝手に使われるのは癪だった。だからあの残骸とも言える地で、自由にしている。
イヨ子はそれを聞いて頷く事しかできなかった。
神殺しをしたのはパビャ子ではない。それを至愚たちに言っても信じてもらえないだろう。
(この人にとって、その神さまは特別なんだ。ちょっと嫉妬しちゃうな)
(サリエリたちに弁解したら、パビャ子さんもさっきみたいに、怒るんだろうな…)
「──あの、私を…生贄にするのなら…この世から八重岳 イヨ子の存在を消して貰えませんか?」
「取引をする気?」
「パビャ子さんの記憶からも消し去ってほしいんです」
「酔狂だねえ」
自分は元からこの世に未練がなかった。だから、最後に『儀式』をする。そうしたら生贄になれる。
「私はパビャ子さんのファンでした。憧れるって時に狂気になりますね」
熱くなる目頭を堪え、イヨ子は告げる。
それを聴いたパビャ子はただ薄らと目を細め、笑うだけだった。
「あー…、そういうの。気持ち悪い」




