もう一度会えるおまじない
後日、仮病を使い学校を休んだ。顔色の悪さから両親は信じ込み許してくれた。
カーテンを閉め切り、暗い部屋でぼんやりとサリエリの説明を思い出しては、無気力感に襲われる。
「…」
何度も反芻しても答えは出ない。むしろ胸焼けがして、いてもたっても居られなくなった。
夕方になり、暗くなったのを確かめ外に出る。宛もなくさ迷い歩く。
なるべく人気のいない場所を探した。灯りの少ない暗闇に誘われ、やがて市営墓地にたどり着く。墓場か。
イヨ子は自嘲しながらも忍び込み、隅で独り、風の音だけの世界に浸った。夜風と草木の匂い。卒塔婆がカタカタと音を立てる。
初めて涙が頬をつたい、深く蹲る。パビャ子は現れない。いつもならどこからかひょっこり出てきて、わざとらしく能天気に話しかけてくるのに。
(もう話しかけてはくれないかもね)
自分に言う。
(だって、あの時逃げたもの──)
「!」
気配がして顔を上げるとこの世の者でない部類が居た。
人の顔をした四足の獣だった。クマより大きいのではないかと勘繰るくらいに威圧感がある。
「私が見えているようだね。何をしているンだい?」
緊張し、固まっていると彼女は「ああ」にと何か納得したようだった。
「まさかパーラム・イターの贄か」
「えっ」
「良かった。サリエリたちに処分されてなかったようだね」
「処分って」
「そうとも。奴らはアンタの死体を改造して、傀儡にして囮にでもしようとするだろうよ」
それこそ使い捨ての。
「…貴方は」
「そう警戒しなくていい。確かにアンタを利用しようとしているが。私は至愚、よろしくね」
あっけらかんと笑って、睨むイヨ子に近寄った。
「少なくともサリエリたちよりは危害を加えはしないよ」
「…信用できない」
「だろうね。なら、情報提供をしよう」
「それじゃあ、サリエリと同じじゃないですか」
「なら、何がお望み?」
「パビャ子さんにもう一度会いたい…」
ふうん、と至愚は呆れた顔をした。「そんなにあの女が好きなのかい?まあ、いいや。おまじないをかけてあげよう」
「おまじない?」
「私はマジナイを専門としてる身でね。目をつぶってごらん。ほら、パビャ子さんとやらを強く想って」
言われるがまま瞼を閉じ、パビャ子を思い浮かべた。明るい茶髪とリクルートスーツ。ニヤニヤと笑って、川べりに佇んでいる。
「明日、その場所に行くんだ。そうすればパビャ子に会える」
「…本当に?」
「間違いない」
目を開けると人面獣は座り込んだ。敵意がないと示してくれている。よくよく見るとおぞましさはない。少し硬直した体が緩み、息を吐いた。
「じゃあ、私の愚かな思い出話を聞いてくれるかい」
「思い出?パビャ子さんの正体じゃなくて?」
「まあ、それも絡んでる」
昔、江戸時代より昔の話。要約すれば『パビャ子』は『あの地』に地縛されてしまう。それは手に余ると感じた現地の村人からの依頼だった。
現役時代の至愚ともう一人、弟子としていた力の強い修験者に託された依頼は簡単なものでは無かった。あの柱が建っていた境内は、そのころ社殿もあり、定期的に人身御供も行われていた。
人身御供が飢饉によりできない。もうあの神には付き合ってられない。封じて欲しい。
修験者は望み通りパビャ子を封じようとした、だが強すぎて封じきれず食われてしまった。困った至愚は自らの手でパビャ子を呪縛したのだ。
すると跡形もなく神社は消えていた。村人たちは大層驚き、代わりに身を呈して戦ってくれた修験者の墓を立てた。
「私はね。それで違反がバレてしまったんだ。神社が消えるなんてすぐ噂になる。サリエリに見つかって、こんな姿にされちまったんだよ」
「はあ…」
──神社がどこに行ったかは誰にも分からず。それにより、パビャ子は自分で獲物を探す羽目になったのではないか。力が強いために贄はすぐ劣化し、自壊する。
「あの女は何人食ってきたろうね。馬鹿な輩だよ」
「あの、パビャ子さんの代わりに私が『なきさわめのかみ』になれば、」
「あはははっ!」
豪快に笑われてしまった。否定されムッとしたが、至愚は一転して神妙に言った。
「その軟弱な存在価値が人類の彼岸を背負えるわけがない」
「…そうですか…」
「そう落ち込まない。アンタが神代に生まれていたら、もしかすれば代役を任せられたかもしれないね」
「神代…そんな昔に」
「これから、私は責任を負い、アイツを退治する」
「え!なんで」
「アイツの居所が分かったんだ。この期を逃せばまた何百年も所在不明になる」




