蠖シ蟯クと心
「もっと人道的なやり方ができないのかい。ラフくんサンよ」
もみくちゃにされ、がんじがらめにされていたイヨ子は、喫茶店の奥からやってきた幼い少女を見た。ブロンドヘアーの綺麗な──妖精の如し子供。容姿からして外国人に思えたが、日本語は流暢だった。
彼女も白いスーツを来ている。彼らの仲間だろう。
「サリエリ」
悪戯が見つかったワルガキのように、バツが悪そうに彼は頭をかいた。
「私らは天使代理人協会。きちんとした組織的な会社だ」
「てんし…?」
「まあ、それは良いとして。もう一度席について欲しいな。私たちは人を安易に殺したりはしないから」
怪しげな集団、胡散臭い服装に納得できず迷っているも、拘束が解かれ、周りに促され仕方なく席についた。まるでマフィアに囲まれているみたいだ。
前の席にサリエリと呼ばれた少女とラファティが座る。
「八重岳 イヨ子さん。貴方がパビャ子さんと呼んでいる存在について説明しよう」
「…」
暗い面持ちのイヨ子に、彼女はゆっくりと聞きやすいトーンで話した。
「彼女は日本では古来から『なきさわめのかみ』の役割を担っていてね。パーラム・イターとも呼ばれ、人を彼岸に渡すという安寧を与えていたんだ」
「…パビャ子さんは、神さまなんですか?」
「人によっては神さまだと思うかもしれない」
「…そうですか」
当初から浮世離れした印象の人であった。神と言われても不思議と違和感はない。
仙人や世捨て人といった方がしっくりくるが…。
「しかしいつしか己が自由になるために、此岸からの束縛や力を贄を定期的に用意し、移し、串刺しにする事で依代となる柱と死骸に残留させるようになった。役割を死骸に明け渡し、その間だけは自分は自由に動ける。そう、何もかも自由に動けるように仕向けた」
「はあ…」
「それから日本は混沌になってしまった。確かに今も葬儀は行われているが、悪しきこの世の者でない部類や彼岸が漏れ出すようになってしまったんだよ」
二人がふざけている訳でないと分かっていても、何だか説明が飲み込めない。ファンタジーの世界だ。
「残念ながら彼女の代役はいない。私たちも代役を作ろうとしたが、上手くいかないんだ。彼女をまた『なきさわめのかみ』に座につかせないといけないと考えている」
「あの…なきさわめのかみって?」
「漢字だと、哭沢女命と書く」
サリエリが持参したメモ帳にペンですらすらと書いていく。
「魂振りと鎮魂を司り、魂を彼岸へと導く。それが彼女の役割だった」
「…すごい人なんですね」
彼岸。赤い花。頭の中で、あの景色が浮かぶ。
「いいや、アレは零落した悪しき化け物だよ」
忌々しいと彼女は吐き捨てた。ぼんやりとして思考が働かない。理解したくないと拒絶している。
「…私が全てを忘れれば解決する事なんでしょうか?それで彼岸は元に戻るんですか」
「…いや、そうじゃねえけど。生贄にされたくねえだろ。お前」
「…」
普通だったら、怖くて頷くだろう。彼の言葉に同意する気持ちはなかった。
本格的にイヨ子編の始まりになりました。




