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虚無なありきたり 〜別乾坤奇譚〜  作者: 犬冠 雲映子
[検閲禁止カセットテープ]哀れな生贄 イヨ子編
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てんらく

 一色──鮮やかな赤色が咲いた。それは綺麗な花だった。

 赤。情熱。血潮。正義。

 それは世の中で、花の種類の中で一層、死を象徴し、纏う花だった。

 彼岸花。

「…」

 儚げな美しさを放つ代名詞には死体が付きまとう。死の、下にいる何か。それが知りたい。知りたくて、自分は。

 自分は…。

 ──どこまで知りたくて突っ走ってきたのだろう。

 あの群生した彼岸花の絨毯の下には、不思議とたくさんの死が埋まっている気がした。確信している。

 これまでに死の気配をたくさん吸い込んできたから。

 気味悪い、どんよりとした空気に怯えながらも、歩を進める。人には無い、陰気な負の重圧。

 八重岳 イヨ子は万能包丁を手に、奇妙な棒に近づいた。ここには神社があると史籍には書かれていたはずである。

 狛犬や鳥居すらない、あるのは巨大な木で作られた尖った棒だった。彼岸花の絨毯に守られるように、それは佇んでいる。不思議と遠い国の、処刑道具に似ていた。またはモズのはやにえに使われる木の枝にも思えた。

 この小山──というべきか。一面赤い。彼岸花が咲いている。

(…季節でもないのに)

 ジッと望んでいると、斜面に赤い布が掛けられていたのだと察するのは間もなくだった。

(でも、あれの周りは彼岸花…)

 彼岸花たちがこちらを『凝視』している。埋められた死者たちが侵入者に対し、警戒を抱いている。

 ──極力目立たないように、髪やスカートも校則通りにし、クラスでも誰とも話さない、厄介事にも首を突っ込まないよう気をつけた。

 顔を覚える気もない。マネキンが教室にあふれているみたいだ。

 イヨ子は放課後になるとそそくさと帰宅し、趣味に没頭する。オカルトサイトに羅列された怪談や噂を読むのが、唯一の楽しみだった。

 深入りしすぎたのかもしれない。この世の者でない部類の世界に。

 眼前に串刺しにされた生物の死骸を目にして、わずかに冷や汗が吹き出した。

「はは…」

 自らがこの世の者でない部類の暗がりに、傾きかけて初めて自覚した。

 これは手遅れだ。

 背後から強烈な視線がする。それは羽音を立てて、暗闇からヌラリと姿を現した。

 蛾の羽の目玉模様か、フクロウの眼か──異形の双眸がイヨ子を射止めた。

「ひっ」

 腰を抜かして、慌てふためきながら来た道を辿る。何回も転びながら泥まみれになりながら、我に返ると車道に飛び出していた。

「はあっ、はあっ…」

 あれは何だ?あれは、あれは──。脳内が混乱しつつも、息を整える。夕焼けの茜色に染まった視界が嫌だった。

 赤い。

「よう、そこのティーンエイジャー。とんでもないモノを見ちまったようだな」

 横から声をかけられ、ギョッとする。全身真っ白なスーツを着こなした美麗な青年がイヨ子を覗き込んでいた。西洋画に描かれた天使のような、現実離れした容姿をしている。

「まずはその銃刀法違反を止めてもらおうか」

「あ、…」

 包丁を取り上げられて気まずくなる。

「包丁なんぞでアレらを倒せるわけないだろ?お兄さん、君に話があってやってきたんだ」

「…貴方も、この世の者でない部類の仲間なんでしょ」

「まあね。でもさっきの輩よりは話が通じる」

「うん」

「俺はラファティ・アスケラ。君は八重岳 イヨ子、だっけ?稀代の殺人鬼さんよ」

「…私は」

「とりあえず喫茶店に行こう。奢るよ」


 不審がりながらついていくと、団地の隅の小道を通る。角に見た事のない、アンティーク調な喫茶店があった。

「オッス〜ラフくんです」

「ああ、マスターに頼み込んで、か、貸し切りにしといたから…。ゆっくりして行って」

 エプロンを来た、同じく白いスーツの背の小さな女性がカウンターで手を振る。

「あの、尋問か何か受けるんですか?私」

「いや、君が置かれている状況を少し説明しといた方がいいと思って」

「はあ」

 ラファティは嘘くさい笑みで口を開いた。

「あの女にいい様に使われているんだよ、君は」

(え?)

「知っているだろ。茶髪で、スーツきた変な女。アイツに利用されてる」

「あの人は…!」

「君みたいな火遊びが好きな奴を見つけてね。狙ってんだよ。私利私欲を満たすためにさ」

 パビャ子が頭に浮かび、そんなはずは無いと怒りが沸いた。

「皆そういうんだ。あの人はそんな人じゃない、自分を助けてくれた。或いは──自分が守らなきゃいけない、とかね」

「皆?」

「ああ、歴代の犠牲者さんたちだ」

 彼女の過去を一切知らない。だから、以前、自分と同じように彼女と過ごした人たちが居てもおかしくはない。

 しかし、何だかショックを受けている。

「大丈夫。君はすんでのところで俺らに保護された」

「…え」

「これから矯正治療を受けて、全て忘れてもらう。また普通の生活に戻れるんだよ」

 イヨ子は反射的に立ち上がり、喫茶店を出ようとした。しかしどこからかまた白いスーツの人がずらずらやってきて、腕や背中を掴まれる。

「やめて!アンタら何なの?!」

「俺たちは人間の味方だからね、大丈夫」

 ラファティ・アスケラが真っ黒な瞳を笑わせる。闇だ。奈落の底が広がっている。この場に居る謎の人らも同じく、黒々とした丸がはまっている。化け物だ。

(嫌だ…、パビャ子さん。私は、パビャ子さんと)

加筆修正しました。

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