とき
多多邪の宮──麻宇汝旴愧堕焚邪命は天女たちに髪を結いてもらう。
遙か昔、始祖に見染められ、森羅万象から切り離された。この世の者でない部類がまだ『神聖さ』を帯びていた時代。自らもその類に迎えられたのだと悟った。
さして当時、珍しい事象ではなかった。
いつの間にか天から降り立ったと誤認された。天も、黄泉もない。あるのは星に流れるこの時間だけだ。
区切られていく世界。境ができていく人らの認識、国。言葉。
神、と崇められ、その際に設えられた供物や、様式を未だ取り入れて、不可思議な髪型にしている。絹のような美しい白に近い茶髪を床に広げているのも動きずらい。
器用な天女たちがそそくさと古来の髪型にセット完了すると、戸を開いた。麗しい清涼な風が頬に触れ、暖かな光に満ち溢れた世界が広がっている。
神だと人は多多邪の宮を崇め、信仰した時代があった。
それがやがて廃れた時代もあった。国の衣服が変わっていき、自らの衣装も変わった。
金、銀、瑠璃。雅な天上で誰かが舞を披露している。
神へ使える者の装束に身を包んだ少女が、巫女舞を献上する。
「イヨ子」
その声を聞くや、少女がこちらを見た。
「わえらを恨むか」
彼女は何も答えない。ただ二つの黒々とした瞳がジッとこちらを射抜いている。光を反射しない底なしの闇がはまっている。
対照的に柔らかな表情の天女たちがやんごとなき楽奏をする。イヨ子と呼ばれた女子はまるで幻のように、もうその場にはいなかった。
「あヤツもこの場に来ればよいのにね」
自由を手に入れ、それに飽き足らず欲をかき、呪いをかけられたあの娘を思い浮かべる。あくびをすると、子供は清らかな世界を眺めた。




