おろか
桜の木の下には、死体が埋まっている。紫陽花の下には死体が埋まっている──。
儚げな美しさを放つ代名詞には死体が付きまとう。
八重岳 イヨ子は道すがらジッと紫陽花の下を見た。紫陽花は地質で色が変わるとか、そんな噂を耳にした事がある。
梅雨のどんよりした夜空と紫陽花の薄ぼんやりした色は、好きでは無かった。色がない、みたいだ。
「どうしたのぉ?」
それを不思議そうに尋ねてきた茶髪の女性に、ドキリとした。
「紫陽花の下って、少し不気味ですよね」
「あー、死体が埋まっているって聞いた事ある!」
ハツラツとした笑みで彼女はいう。死体。その言葉に似つかわしくない眩さに、視線を逸らす。
「掘ってみる?」
「やめときます!」
イタズラっぽくからかわれ、ムッとするも手に持っていたデジカメを思い出す。
「あの、本当にトンネルに行くんですよね」
「うん」
「パビャ子さんは怖くないんですか?」
夜、寝静まっている家庭から秘密で抜け出して、あるトンネルまで自転車でやってきた。まっすぐ繋がる国道をひたすら漕ぎ、はるばると。
幽霊が出る、それだけの理由。
「幽霊?」
「はい」
「幽霊なんて、いないよ」
彼女は無邪気に残酷で真実を告げた。「え…」
「幽霊ってさ。結局は人の頭が作り出す幻だよ。それにさ、顔に見えるのもシミの具合だったりさ」
現実主義のつまらない話に、どこかイラつく自分がいる。分かっている。この世界には、不思議な世界は存在しないのを。
「なら…」
「ほら、やってきた」
パビャ子が物陰に身を隠した。湿っているアスファルトを蹴る音に、イヨ子も自転車を放って、ダストボックスに身を潜める。
「誰か!助けて…助け──」
暴行事件だ。犯人は息を粗げながらも、財布やらを漁っていなくなった。呼吸が上手くできない。
殺人だったらどうよう。人殺しの瞬間を見てない。
ソッと気配がしなくなった景色を見る。派手な衣服をきた女性が頭から血を流して、倒れていた。
「け、警察に!」
「補導されたいのぉ?」
パビャ子が場違いな事を言う。両親は怒るだろうか。
ただ自分が殺人犯だと決めつけられるのは勘弁だった。混濁して固まった神経を逆撫でる笑い声がする。自分でも、パビャ子でも──。
トンネルの壁に張り付いた、醜い化け物がいる。人の顔をしている。赤ん坊の。腐り果てた蓑を飾り立てた、何か。
笑いながら、化け物は倒れた女性へ寄ってくると髪を鷲掴み、そのままどこかへ連れて行ってしまう。
(な、何あれ)
形容しがたい。その場でへたり混み、血溜まりを見た。確実にいた物がなくなっている。
「この世の者でない部類だよ。イヨ子ちゃんが大好きなオカルト」
「う、うん…」
「良かったね。見つかったら怒らせてたかも。才能あるかも、イヨ子ちゃんは。はい、激写」
デジカメを渡され、戸惑う。パビャ子は「お腹すいた〜」なんて呑気に笑う。
訳が分からない。訳が…、…。
儚げな美しさを放つ代名詞には死体が付きまとう。死の、下にいる何か。それが知りたい。知りたくて、自分は。
(これって私が、望んでた世界…?)
書いた後に思ったのですが、子泣き爺もどきでは?…となりました。




