でびる かえる
「家族って…大切なものじゃないの?」
多田 香純はとりあえず、気まずさを紛らわすために薄っぺらい一般論を口にした。
「大切?あはは!笑わせないでくださいよ!」
しかし彼女は冗談を言われたかのように大笑いした。
「不倫女とセクハラモラ男、クソみたいな援交妹。それが幸せな家族に?あー、外から見たら裕福な家庭に見えたかもしれませんが」
「そ、そう…」
いつもの気品のある笑みが、逆に不気味だった。家族なぞ皆、幸せとは限らない。結局は個体──他人の集まりなのだから、齟齬が生じないわけがない。
多田家も幸せとはいえない部類だったが、彼女の家庭内がこうも崩壊しているとは存じなかった。
クラスメイトからも羨ましがられる理想の、女子。
高嶺の花、とまではいかなかったが…。
(そーいうの一切表に出さないの、すごいな…)
「あ!同情は要りませんよ?そういうの、一番イラつくんですっ」
「あ、うん…」
「ねえ、先輩。共犯者になりませんか?」
ナイフを突きつけられ、香純は息を飲んだ。提案よりは脅迫だった。
「私が殺っている間、妹と話していてください。それだけで良いです」
「え、妹さんも殺害しないの?」
赤谷 美萌はこちらの率直な感想に「へえ」と関心して、ナイフをゆっくりと弄ぶ。
「意外と物騒な思考回路をしているんですね!」
「うーん…そ、そうかな」
「妹が嫌いなので、たーっぷり苦しんでもらいたいんですよ。救いようのないくらい頭が悪い子だったので母親が好きでしたし…」
幼い殺意だな、と冷静な部分が囁いた。まだ成熟度のない、幼稚な殺人願望。パビャ子たちならどうするだろう?
(パビャ子さんなら妹さんに、家族のお肉を食べさせたりするのかな…あ、でも、あの人、そもそも憎しみとかもなさそう…)
「わかった。じゃあ、終わったら公園の公衆電話を鳴らしてくれる?」
「…。分かりました」
とある公園の公衆電話の電話番号を教えて、二人で邸宅に向かう。一回り大きな洋式建築はまさに理想の家だった。
「お母さん、いる?」
インタホーンを鳴らすと、母親が慌てて出てきた。美しい外見をした女性で、──まるで余所行きの服を着ている。香純はサッと物陰に隠れ、感動の再開を見守っていた。
すると二階から視線がした。妹が冷たい目をして見下ろしている。
お話、しよう。
唇だけを動かして彼女を誘う。すると微かに動揺したが、頷いた。
「あーあ!アイツ、何で帰ってきたの!?貴方が助けたの?」
ベンチでつまらなそうに妹は吐き捨てた。化粧をしており、若い年代からしてもませている印象がした。サラサラの長髪をいじりながらブランド物のブーツを雑に砂利に擦り付けている。
「帰り道、たまたま」
「そっか。はー、帰って来なきゃ良かったァ。アイツが居なくて清々してたんだよね」
誘拐事件が起き、家庭は確かに一時的に混乱したが、すぐ平生に戻ったらしい。ただ母親は妹──沙弥に殊更優しくなり、悲劇のヒロインに浸っていた。それは沙弥は白々しく思いながら優越感にほくそ笑んでいたのだ。
いつも自分より優秀で、脚光を浴びる姉が憎くてしかたない。それが居なくなり、母親は何でも与えてくれる。金も。服も。何もかも!
ベラベラと不平不満が止まらない沙弥へ相槌を打っていた。
「…そっか」
何か言おうとした際にビュウと冷たい風が吹いた。そして、公衆電話が鳴る。仄暗い電話ボックスが独りでに鳴るのは傍から見てもホラーだった。
「ヒッ!何?!私、帰るから!」
「う、うん。じゃあ…」
慌てて帰宅する後ろ姿を眺め、強ばっていた筋肉を緩める。ハーッと息を吐いた。このままベンチで眠ってしまおうか。疲れ果てて、何もしたくない。
「先輩」
声がして、公園の入口を見やるとリクルートスーツ姿の赤谷 美萌がいた。「それ、どうしたの?」
パビャ子が嫌でも脳裏を過ぎる。
「私は悪魔になったんです。ほら、ファンタジーに出てくるあの悪魔です」
「悪魔?え…じゃあ…」
乎代子は別として茶髪の、彼女は悪魔だったのか?なら陰気臭い彼女は正体を知っていながら共に過ごしている?
追いつかない頭に停止していた後輩が、近づき皮膚を爪で傷つけてきた。「驚きました。先輩の血、美味しいんですね。さっきのが不味くて吐きそうだったので良かったです」
「あ、あー…熱でも出そう…」
「…ん?先輩?」
「とにかく、帰るから!」
多田 香純は早足に自宅に向かう。しかし美萌も跡をつけてくる。
(はあ…)
後日。世間を震撼させる事件が報道された。行方不明だった赤谷 美萌の両親が変死したのだ。それも惨たらしい殺害の仕方で。
血抜きされ、四肢を切断されていたらしい。
唯一の生存者、妹である沙弥は精神的にかなり不安定なのか、意味不明な言葉ばかり警察へ説明している。
──姉が帰ってきた。姉が家族を殺した。
防犯カメラを確認してもそれらしき人物は写っておらず、妹がフラフラと公園近くで夢遊病のようにさまよっているだけである。
様々な憶測。オカルティックな状況。インターネットやメディアでは議論がなされ、数日経った今でも持ちきりだ。
まだ赤谷 美萌は発見されてはいない。
う、おおえ…




