ほね ほね
四月の末。初夏の陽気が早くも到来している。
ミス(Miss)は近隣住民の家から不快な臭いがするのに気づいた。故郷ではあまり出くわした事がないが、都会ではよくある出来事だろう。
(誰か…死んでるの?)
学生寮の人々も鼻をつまんで臭いの元を探している。
「人が死にましたね」
咋噬 南闇がサッと部屋から出てきて、斜め前の一軒家を見定めた。
「この季節、一気に暑くなるでしょう?そうすると腐敗するのも進みやすくなるんです」
「は、はあ…」
「不潔極まりないですよねぇ」
汚物を見るようにハエまみれの窓を見た。彼にとってハエや昆虫類は不浄の存在のようだ。
ミス(Miss)は誰か警察に通報しないのかと待っていたが、周りは野次馬根性で関わりたくなさそうである。
「警察に通報しましょう…」
そう呟くも、南闇は首を横に振り、階段を指さした。
「直接見に行って確認します」
「ええっ?!!か、確認って…」
腐乱死体はものすごい有様になっていると、どこかで耳にした事があり、ゾワゾワと悪寒が走る。
「止めましょーよ!」
「大丈夫です。埋めるだけですから、あ、ミス(Miss)さん。堆肥ありますよね。それも持っていきましょう」
「は、はあ」
二人は学生寮の柵からその家の敷地内に不法侵入すると、半開きになった裏口から容赦なく入った。
「お邪魔しま〜す」
このご時世。都会では珍しい、武家屋敷のような立派な──古めかしい家である。昔から代々この地に住んでいたのだろう。
冷蔵庫にはたくさんの付箋やリストが貼られており、認知症を患っていたのかもしれない。
居間に腐り果てた住人が転がっており、うつ伏せでウジやらに食われている。
「非常に汚らしい状況ですね。まあ、少し殺虫剤でも撒いて起きましょうか」
「え、は、はあ」
意図が理解できず。タンスの上にあった殺虫剤スプレーを手に取り、遺体にありったけふりかけた。さすがに中身の虫にまでは到達しないだろうが…。
「バル〇ンも炊いておきましょう。虫が多いので」
「え、あ…まあ…」
棚の中にあったバル〇ンを手に、焚く。あっという間に部屋が煙たくなりミス(Miss)は咳き込んだ。
(南闇さんってバル〇ン好きだなぁ)
よく定期的に炊いているので慣れてしまったが、あれから自らはちょっとの事で体を壊さなくなったのを自覚している。部屋を浮遊していた虫が死滅し、摩訶不思議な光景になった。
「さあ、これを庭に埋めてさっさと骨にしちゃいましょう」
「骨に?」
「はい。僕、骨が主食ですから」
爽やかな笑顔で彼は言う。
(骨って美味しいのかな。魚の骨しか食べた事ないや)
渋々ブルーシートに遺体を置いて、二人で運ぶ。立派な庭園には既に穴が掘られていた。殺虫剤を駆使していた時に、彼が真剣に大型スコップで掘っていたのだ。
雑な手さばきで彼は堆肥をふりかけて行く。その方が腐りが早く白骨化しやすいのだそうだ。
「嬉しいです。近場でご馳走にありつけるなんて」
真意の伺えぬ笑みと口調で南闇は言う。
「この人…ご家族とかいたんでしょうか?」
「さあ。僕には関係ありませんから、さ、埋めて寮に戻りましょう」
あれだけ騒がしかった異臭騒動は端から存在していなかったみたいだ。ミス(Miss)は廊下から微かに見える庭を眺める。
罪悪感と居心地の悪さが胸に蟠り、そっと視線を逸らした。
日本には骨噛み(ほねはみ)という習わしがあるのを知っています。
民俗的な文献で目にした事がありますが、あれは遺族への追悼なので、南闇とは異なります。




