よごれちまった
誘拐事件の描写に対し、不快に思われたら申し訳ございません。
初夏の風がフワリと通り過ぎ、季節が色鮮やかであった。
「私、夏岳先輩に告白しようと思うんです」
ふいに口から出た言葉。多田 香純は青春の眩さに嫌な気持ちがわき、すぐにかき消した。
夏岳先輩。サッカー部の爽やかな男子で、ファンも多い。
「…上手くいくよ。美萌ちゃんなら」
赤谷 美萌。
美麗な顔や気品のある立ち振る舞いの後輩は誰からも一目置かれている。付き合うとしたらお似合いの二人だ。
「ええっ、先輩!恋ってそんな上手くいくもんじゃないですよ!」
笑いながら彼女は赤面する。
「う〜ん。まだ恋愛、興味ないんだ。変だよね、女子高生なのに恋愛感情がないとか」
「変ではないです。きっと現れます、先輩が惚れたなって思える人」
垂れ目がちな彼女がはにかむ。純粋な人だ。これからも幸せな人生を歩むんだろうと──香純は他人事に眺めていた。
憎い。悔しい。負の感情が嫌でも付きまとう。
──コイツの人生がめちゃくちゃになればいいのに。
「誘拐されて、知らない人に強姦されました。暴力も受けて、狭い部屋にずっと監禁されていたんです」
なか道児童遊園地──鬱蒼とした木々の茂る公園は人気がない。
ベンチに座り、二人はただ景色を見ていた。美萌は淡々と自分に起きた事を口にした。
「ご飯も数日間もらえなくて」
「うん」
「スマホも壊されちゃったのでもう助からないかなって」
「…良く逃げてこれたね」
「ええ」
あの、先輩に告白しようとする輝かしい彼女はいない。ぼんやりと虚ろに俯いているだけだ。
「警察に行こう。そうしたら」
「無駄ですよ。誘拐犯はもう、死んでますから」
え?と喉から声がでかけた。「私が殺しました。体を切って、なんて言うんでしょうか。ダルマにしました」
「美萌、ちゃん?」
「無様でした。あんなに高圧的だったのに、死にたくないって、お母さんて泣いてました」
柔らかい笑顔のまま、彼女は言う。
「死ぬ間際の言葉がお母さん、て笑えますよね!」
「え、あの」
この世の者でない部類に出会った時よりも頭が危険信号を発している。
「先輩。人の誘いに軽々しく乗ってはいけませんよ。私みたいに痛い目に遭います」
「…そう」
「意外でした。先輩って冷静なんですね」
雨合羽の内側から解体ナイフを取り出した美萌に、ゆっくり後退る。逃げられる自信なんてない。どちみち、警察も信用していない。
パビャ子も乎代子もいない。
「刺してもいいよ。そこまでして生きたくないから」
「…。先輩、過去に人を殺していますか?」
その問いかけに、香純は口をつぐんだ。
「腐敗臭がします。人の」
「生きてるよ。おばあちゃんは、まだ、生きてる。首を絞めたけどまだ生きてる」
「…なるほど。先輩の目、嫌いだったんですよ。底なし沼みたいで」
後輩は興味をなくしたみたいで、刃物を降ろした。
「付き合ってくれませんか?」
「え?」
「これから家族を殺めにいくんです」
バイオレンスな展開ですがグロは書きません。ぼかします。




