しけたまち
「よお。あんたも散歩をするのかい」
「…見た事ないアレだな。お前、私を知っているのか?」
夜の散歩をしていた乎代子に声をかけてきたのは、ずんぐりとした獣の肢体を有する化け物だった。
──あの獣は至愚というのだっけか。
人面獣を見たのは初めてではない。あの『のびる』という化け物も鮮烈だった。
あれらが一つの種族ならばやはり危険なのではないか。
人面獣というと日本では件獣を思い出すが、あれは予言するだけだったはず。
(…どちみち、人知を超えた化け物だ)
乎代子はコンビニで炭酸飲料とパンを買い、駐車場で夜風に当たっていた。寝起きだった頭が冴えて少し悪夢から離れた気がする。
プシュ、とキャップを開け、炭酸を飲み。しばし頭を空っぽにしていた。
それからいつくらい経っただろう。何台か車がやってきたので、この場から去る事にした。
帰路にたち、ぼんやり歩いていると空き地から咀嚼音がした。野良猫が吐いてクチャクチャしているのか?と願いながら、息を殺し、空き地を見やる。
人が倒れており、何か大型の獣に貪られていた。
「っ!」
クマか?まさか?
「…ン?あんた、乎代子じゃないか。帰ってきたの?」
この声は先程の至愚だ。ハァ、ため息が出る。
やはり危険な生き物だった。
「こっちおいで。一緒に食べようじゃないか」
「あー…私、人肉食べるとハイになっちゃうんですよ」
「変な体質だな。そりゃ」
鋭い爪がワイシャツを抑え、僅かに傷をつけている。あの分厚いクマのような手で殴られたら人は簡単に負傷するだろう。
「ボケ老人かと思った」
「ああ、コイツはタクシーの運転手だよ。ヤニ臭いし肉も美味くない、まあ、食べられないよりマシかな」
血にまみれた口で彼女は笑う。
「乎代子。あんたが心配だ」
「え、いきなり、なんですか」
「こんなシケた街から引越して気の良い、結界が張られた場所にいけばいい。あのクソ女がついてこれない安全地帯へね」
「クソ女…」
脳裏に自然とパビャ子が浮かぶ。「…はい」
優柔不断な返答に彼女は悲しげな笑顔を浮かべただけだった。
パビャ子から離れられる、そんな事ができるのだろうか?
(思いつかねぇな)
虚しい気持ちになり、炭酸飲料を飲む。胃は爽やかになったのに、鼻腔に血なまぐさがまだ残っていた。
至愚さんは姉御肌の年上の姐さんってイメージあります。




