ふぁんのあこがれ
階段から突き落としたクラスメイトの、頭から血が漏れていくのを眺め、八重岳 イヨ子は肩で息をしていた。
赤く、鮮烈な景色。茜色の夕暮れに馴染む血の色は悪趣味ながら綺麗だった。少年の頭は割れてしまった。
イヨ子には目を見開いて、それを眺めるしか無かった。
出頭。
頭に浮かんだが、すぐに悪魔の自分が笑う。楽しみになっているこの瞬間を台無しにするのか?
『コイツは私をバカにして、おまけに金をゆすってきた輩だぞ?こうなっても仕方ないじゃないか』
悪魔は甘く囁く。
八重岳 イヨ子はクラスのカーストでは下の更に下だった。だからたまに不良からカツアゲにあっていた。それは自分だけではなく、弱者の立場であったクラスメイトが被害にあっている。仕方のない事だ。
目立たないためには金を渡すしかなかった──しかし、イヨ子の手は金ではなく階段から突き落とす動作をとった。不意打ちに不良は驚愕し転げ落ちていく。
ざまあみろ。
イヨ子の歪んだ、サディスティックな笑顔を最後に彼は息絶えた。
『さあ、ナイフで顔を滅多刺しにしようよ』
悪魔が促してくる。ふり返っても、挙動不審に周囲に悪魔がいるかを確かめても誰もいない。
自分だ。
(私ってそんなコト、思うヤツだっけ)
思考が正常に働かない。ぐちゃぐちゃになった頭で、悪魔に導かれるまま顔面を傷つける。ざまあみろ。ざまあみろ。
クラスでふんぞり返っていた彼の顔が痛めつけられているのを見ると言葉にできない感情がわいてくる。
同時に、突き飛ばした瞬間にこちらに向けた視線が脳裏をよぎる。
自らが捕食者だと勘違いしていた、愚かな若者の恐れと驚愕の瞳。目の前にいた女子生徒に対する裏切り、怒り、畏怖。
刻みつける。その瞳を蹂躙する。
『コイツの所持品を全てを廃棄しろ。身元が分からないように』
ポケットや服を漁り、所持品をありったけポリ袋に詰める。
「──あっ、イヨ子ちゃん?」
背後から声がして息が詰まった。見つかった。終わってしまった。
「やっほ。パビャ子だよ!」
「ぱ、パビャ子さん!」
「ん?これ。どうするつもりなの?」
ニコッと明るい笑顔を作り、リクルートスーツをきた女性は遺体を見下ろした。「あ…えっと、衝動的に」
「ならさ、私に任せてよ。それにさ──」
血にまみれた手を握り、その先にある巻かれた赤い布を見やった。
「つけてくれてくれたんだ。嬉しいなっ」
無邪気な笑みになんと言っていいか、口をつぐんだ。「パビャ子さんのファンですから」
「えへへ。じゃあ、私が遺体を処理をしとくから帰っていいよ」
「えっ、で、でも」
「ファンサービスだよ!それにさ、さっきのイヨ子ちゃんとっても綺麗だったから」
「え…」
綺麗。
見惚れるほどの爽やかな笑顔。鉄臭い空間に似つかわしくない不気味さに魅力される自身がいる。
「ファンです…」
血に塗れたジャージを仕方なくボロボロのコインランドリーで洗う事にした。なけなしのお小遣いで。
運動着でぼんやりベンチに座り、しばし項垂れていた。
「いたっ」
とある日につけられた左腕の傷が痛む。この世の者でない部類につけられた、なかなか治らない傷。隠すように赤い布で誤魔化した。
包帯だとすぐ膿んで汚れてしまうが、赤い布だと不思議と化膿が酷くならない。
「…私、このまま、化け物になっちゃったらどうしよう」
眼前に悪魔が笑っている。陰気臭い、髪を雑に切りそろえた自分が死んだ目で見下している。
苛立ち。爆発的な殺意。解放。征服感。快楽。
人を殺めた際の心の奥底を満たした危うい成分。
「パビャ子さん…私の事、最後に殺す気なのかな…」
なら。
「それでもいいかな…」
曖昧に微笑んで、八重岳 イヨ子は壁によりかかった。
百合 微百合 歪んだ憧れ
実らなかった正常な青春
(盛大な拍手)




