のろいにしばられる
「うっ!な──お前、のびるに干渉できるのか!?」
ふわりと四肢が宙に浮き、のびるは二人の認識に出現してから、初めて焦りを見せた。この世の者でない部類に人間が干渉できる事例はあまりない。
そしてサイコキネシスも、人間には付与されていない。無能で消費されるだけの存在。それが人類。
「変なオンナの仲間なんか?!お前は!」
「違うよ。乎代子は、私らの仲間じゃない」
終始ヘラヘラとしていたパビャ子がいきなり素面で呟いた。気の狂った笑顔はなく、憎しみと怒りを宿した無表情にも見えた。無であるはずの唇に鋭い牙が刺さり、流血していた。
嫉妬。苛立ち。
「乎代子はね?私らを──唯一無二の"命の恩人であるパビャ子"を拒絶したんだよぉ」
「ぐっ」
開かれた手が握りしめられる。体に負荷がかかり、このままでは圧死するだろう。
「アンタ保護者だろ!?何とかトメロ!──!」
フスが目にも止まらぬ速さでパビャ子に飛びかかり、喉柄に噛み付いた。
「愚かしい餓鬼が。イネ」
彼女の腕に巻かれていた腥い赤い布が発火する。「ぐギャあ!」
フス(廢)に銃弾は効かぬが、火はかの存在を蝕む。都市伝説として、おぞましい化け物を退治する手段として、知れ渡っていた。
「ばか!ばか、ばか!お前はいつもそうだ!のびるに迷惑をかける!自己犠牲ばかり」
「ギ、ア゛ア゛ア゛、ヴ、ヴ…に、にげて」
燃やされる中、フスが言葉を発した。「ワ、わたくしめが、この愚かで鈍い、私が、また此岸に現れるまで、姿を、消して──」
飢えに苛まれていた獣に、一時、正気が戻る。
「生きて、ください」
圧をかけられ、覃(のびる、ひととなる)は死を悟る。死。自らが死を認識するのはいつぶりか。それは皮肉にも助けになった。
無限に続く、巨大な亀裂。死という無になる終焉への恐怖。それは氷河のクレバスにも底の伺えぬ洞窟の地底湖にも似ている。それが彼の生息域。
人に、死ぬ事実と恐怖を教えた罰。
抜け出せぬ亀裂は時には身を守る。
しかし。死に潜む化け物に生きろというとは。
「お前は相変わらず、…馬鹿だなァ。…さよなら…」
煙のように姿を消し、人面獣は逃げた。フスはパビャ子を一瞥すると軽蔑的に吐き捨てた。
「此岸に執着するとはなんと面の皮が厚い。呪われろ。満たされぬ、苦悩に苛まれろ。手に入らぬ事がどんなに恐ろしく永久か。それが私のノロイだ。ノロワレロ、ノロワレろ──」
炎が身を包む前に、フスは素早い身動きでバク宙すると四足で疾走していった。火を払う濃霧に紛れ、やがて土砂降りが地を濡らした。
呪われろ。パーラム・イター。
オマエは、ノロワレタのだ。
──聞き覚えのある言葉に、乎代子がハッと我に帰った。「あ、あれ…」
「乎代子?!戻ったの?!血抜きしなくても?!?」
「は?!血抜き?!」
「良かった!良かった良かった〜〜!」
パッと抱きしめ、パビャ子は必死に力を込めた。
「ぐえ!いてえ!」
雷鳴が轟き、春雨が破壊された町を嘲笑った。あれほど晴れていたのに。
乎代子は訳も分からず、とりあえず空を眺めた。
「雨…」




