しがん/ひがん
川べりの近場にある交番、その掲示物に川で見つかった身元不明遺体の似顔絵が貼ってあった。
女性で、高齢者。認知症で徘徊して、誤って川に落ちてしまったのだろうか。
乎代子はそれを見て、似顔絵にもこのような場合があるのかと感心する。目を閉じ、眠っているような顔。
生きている時に似せて書いているのか。
ともあれ身元が分かり、遺族の元へ帰れればいい。
(とんだエゴだよな)
自らの思考に嫌気がさして、足を進める。
川はあの世とこの世の境界だ。誰がそう思ったのか。三途の川があるように、渡ってしまえば戻れない。
夜桜を見に来た人々が落胆して帰っていく。三月末だと言うのに、蕾は花開かない。春休みを満喫する若者のはしゃぐ声と、外国人たちの陽気な会話が聞こえる。
妖しげな色を灯す、提灯が連なり木々を照らす。昔、江戸時代に川の氾濫を食い止めるために作られた堤防。重複されるように今の堤防はその後ろにある。
堤防との間の広場になった空間で午後七時の、春はゆったりしていた。
乎代子も何気なく桜を見に、歩いてやってきた。三月末だから、三月の内に花弁を眺めたかったのだ。
桜はあまり好きでは無かった。皆は綺麗だとか儚いとか、愛でるが──満開時の様相は泡みたいで、少し気色が悪かった。
咲き始めが美しく、花弁をきちんと確認できる。それが彼女の嗜好だった。
自転車を乗り回し、はしゃぎ笑う三人の若者。どこからか聞こえる電車の音。
ボンヤリとしていると、向こう岸が見えた。あちらは中洲があるはずで岸はない。満開の桜が暗闇の中、艶やかに咲き誇る。
異様だ。
人々が土手を連なるように歩いている。誰も桜など観賞せずに、うつむき加減に歩を進める。老若男女問わず彼らは闇を、行く宛てのない道を行く。
現実味のない光景をジッと眺めていると、川からザブザブと人がでてきた。掲示物にあった行方不明遺体の服装に似ていた。
老婆は斜面を登り、行列へ加わる。
あれは黄泉の国への通い路か。
腑に落ちて、春のお彼岸が終わり、死者は一応あちら側に帰るのだと理由をつけてみる。もしくは終わりのない世界をさまよっているのか──。
岸の手前に、一人の少女が佇んでいた。
愛嬌のある顔とお洒落好きを表すような髪型。服装。
死人の、遺体の似顔絵の如く、その顔面は淀んでいた。
──妹は命乞いをする。反抗期でなめてかかってきた態度から連想できぬほど滑稽だった。
妹。
「っ!」
立ち上がり、ハッと雑音に安堵する。妹も行列も、桜もなくなっている。
「あっち側に行ったら虐められるのかな」
苦笑して咲いていない桜並木を一望する。これぞわがままな現実の、此岸だと体現していて珍しく好意的に思えた。
三月末にお花見に行きました。完全に咲いてないけど、雰囲気は好きでした。




