あけがたをわすれたきおく
フスは走っていた。四つ足に向かない体の構造を巧みに使い、獣のように夜闇を駆け抜ける。
茶色と黒の獣が疾走するかのように、国道を走る。
久しぶりに全速力で、向かう先も分からずに、子供の如く、または獲物として追われる小動物のように。
不思議と悪くない。人の思考でないフスにもその気持ちはあった。
駆け落ちする娘のように、闇に駆ける。その先に何が待ちうけようとも。
はるか昔の記憶がチラついた。──生娘であった自分は、彼を惚れた目で見あげていた。
何も知らぬ娘に彼は照れくさそうに笑い、これから起きる厄災にまみれた定めを語った。そうして駆け落ちしようと、ロマンチックな睦言を吐いた。
この閉鎖された世界で駆け落ちなんてできる訳がない。名前を呼んで欲しい。これだけは、して欲しかった。
──タン。
彼の匂いがする!
フスは一心不乱にアスファルトを蹴る。たまに車が横切る。クラクションを鳴らされるが気にもとめない。
もう一度、彼の姿を見れるのならば、この身が鉄くずに衝突し、肉塊になったとしてもたどり着きたい。
獣に堕ちた思考に断片的に浮かぶ、人の心が道しるべになる。
フスは夜に駆け、ある町へと導かれて行った。




