しゅきはかたる
乎代子は廃墟化したボロアパートの一室で、万年床となった布団の上で考え事をしていた。
大した考え事じゃない。明日の仕事をサボるかを迷っている。
工場勤務の乎代子は、知らない人の名を借りて仕事をしている。この部屋に住んでいた人の名前や存在を間借りして、工場へ働きに出向いていた。
いつ廃墟化したかは分からないが、既に二十前には廃墟として佇んでいた。それ以前は人はいたらしい。近所の人が言っていた。
畳も腐り、フカフカな場所もある。
家具も通帳も、そのままにされた部屋は異様だった。最初に見つけた時も玄関にはガスコンロには鍋が置かれ、テーブルには湯のみが用意されていた。まるで人だけがいきなり忽然と消えてしまったみたいだ。
廃墟なんてそんなものだと思うが、乎代子はあえて探らないでおいた。下手に住人の死体を見つけたら居心地が悪くなる。
ガタン。
押し入れが独りでに音を立て、視線をやる。
「死体がある、とかじゃないよな…」
この前、パビャ子と探索した団地で押し入れから髪の毛が大量に出てきた出来事が頭に浮かぶ。押し入れから幽霊やらが出てくるのは王道パターンだが、この部屋もそうなのか。
嫌な予感に眉をひそめ、仕方なく身を起こし、押し入れを開けた。
日記帳だけがポツンと置かれ、存在感を放っている。
「ホラーゲームのイベントか?」
よくある展開に辟易しながらも、手に取る。
昭和56年。桜田 映美子。丁寧に名前まで書かれている。この部屋の住人だ。
「昭和…う〜ん。何か、年代が合わないな」
首を傾げながらも、日記を開き、読んでいく。他愛もない日常の愚痴やらが書かれていた──しかし、ある日、赤い布が玄関のドアノブに巻かれていたらしい。
怖がって外したが、赤い布は毎日結び付けられる。ストーカーか?それともイタズラか?
住人は精神的に参りながらもふと赤い布から血なまぐさい臭いがするのに気づき、警察に初めて助けを求める。しかし解決には至らず。
視線がする。夜になるとノックされる。赤い布が部屋の中に、家具に結ばれていた。
『郵便受けからフクロウの目みいなのが覗いていた。あれは人間じゃない。視線が毎日、夜中の二時にするのはあれのせいじゃないかと思う。明日、あれが来たら開けてみようと思う』
「…やばいだろ。開けるかフツー」
そこから日記は終わって、住人はどうなったかは分からない。
(食われたか、そのまま連れていかれたか)
アレは獲物を定めたら絶対に逃がさない。きっと桜田という人は助からなかったのだろう。
(しかし、昭和にそのままになって、工場の人もおかしいよな?)
まるで数日だけ無断欠勤したかのような、軽い対応だった。
(もしかしてあの工場、まだ昭和の時代なんじゃ…)
暴いてしまったら職を失う。見なかった事にして、日記帳を押し入れに戻し戸を閉めた。




