しっぱいしたおまじない
とめどなくずり落ちる髪の束。一人分の物では無いだろう。
数多の毛髪をしめ縄のように編んだそれは、引きちぎられ腐敗していた。「嫌な臭い」
パビャ子がわざとらしく鼻をつまむ。
「何かしらオマジナイがかけられてるのかもしれないな。この世の者でない部類を封じる、何かが」
乎代子には何にもならない。この世に居座る存在には、無力な髪の鎖。
「私だって人ですう!」
懐中電灯で髪を照らすと僅かに赤く染まっているように思えた。
「聞いてよおおお!」
「顔料か、何か、朱で魔除けが施されてる」
「えーっ」
乎代子は押し入れに乗り上げると、隠された空間を明かりでくまなく明るみにだす。和紙に似た質感の物に何やら文字が連なっている。
「オマジナイ書いてあるのぉ?」
「うん。護符か、そういう類のヤツかもしれない」
「へええ」
ビッシリと壁に貼り付けられたそれ。呪いを有した髪の束を楔でとめていたのか、奇妙な形の釘が四方に刺さっていた。
「…嫌な予感すんな」
乎代子は『オマジナイ』を専門とした生業の人種とは関わりがない。だがこの世には存在しているのだと、耳にした事があった。だが。
ソイツらは『この世の者でない部類を退治できない』。オマジナイは跳ね返ってくるから。
「…そうっと閉じておこう」
板を元あった状態にはめ込み、髪をそのままにして押し入れを閉めた。
「え!やめちゃうの!!」
「半端者の仕業だ。これ以上関わると、こっちも巻き添えを食らう」
「えー?何それ?」
納得いかないと、パビャ子は首を傾げた。
「半端にオマジナイを知った奴がフスを封じ、何かをしていたってんだよ」
昨今のオカルトブームのせいか、ネットには嘘か誠か──呪文やら、効き目があるように謳ったオマジナイがばら撒かれていた。
「某動画配信サイトの輩?見た事あるかも!あれ!オカルトハンター!」
「そうかもな」
「残念。シンジャったんだ〜」
全く気にしていない様子で茶髪の女性は欠伸をした。帰ろう。
二人は部屋を出て、しばし団地の駐車場でたむろっていた。明日のご飯の話やパビャ子の訳の分からない話に付き合っていたのだった。
しかし乎代子はフス(廢)の性質を思い出し、眉を顰める。
「──オカルトハンターやってた奴の身元を探すぞ」
「なんで?」
「嫌な予感」
「乎代子、優しいひとになったの?どこの誰よりも巻き添えくらうのが大嫌いな乎代子が、人助けを?どうしたの?毒でも食べたの?吐いて?」
心配そうにしているパビャ子にイラッときたが、彼女は首を横に振った。
「エネミーライン…互いの境い目が崩れるからだよ」




