きおくのついおく
「お化けの貼り紙…」
女子高生は踏切の近くで不気味な貼り紙を見つけて、何となく気味が悪くなった。お化けなんて縁起でもない。
渋々踏切へ歩く。彼女が小学生の時、女子高生が鉄輪に自転車がはまってしまい、取ろうとしている内に撥ねられた事故があったのを思い出した。
この線路はよく人身事故が起きる。理由は様々だが、目の前の光景ではそれは起きるとは思えない。
「この踏切きらい…」
さっさと渡り、家路につこうとしていたが──リクルートスーツの女性に出くわしてしまった。
パビャ子曰くお腹がすいたらしく、何か奢って欲しいと。
仕方なく、コンビニで買っておいたコロッケを渡した。
「うまーい!」
歩きながらパビャ子はふと踏切の音を聞き、振り返った。
「離れれても結構聞こえるもんだね!」
「多分風向きじゃないの」
「あー」
お化けの貼り紙を思い出して、俯いた。
「あの線路。色々壊したりして作ったらしいからさあ。あんまり良くないよね」
「え?そうなの?」
「カモシカの首が出る踏切なんか自殺の名所じゃん?あそこ、神社があったらしいんだって。今は近くに移されてるけど」
「ああ…カモシカは噂で聞いた事あるけど…」
オカルト話は怖いから嫌いだった。「神社の話は秘密だぞ。乎代子にも言ってないから」
「あ、うん」
「あの踏切も昔、山があったんだ。古墳だったりしてね」
「えっ?」
「これ、お礼に渡しとく。壊れたら捨てていいから!」
土鈴を渡されて戸惑っているも彼女は手を振っていなくなってしまった。
何も言えず家に帰る事にした。
数日後。居残りをしていたら遅くなり、午後7時になっていた。頭は良くないため良くある、日常だった。
あの踏切に差しかかり、お化けの貼り紙があるか確認すると跡形もなくなっているではないか。不謹慎だから剥がされたのだろうか。
ホッとしながら踏切を渡っていると、足を何かに掴まれた。「ひい!」
ホラー映画や怖い話でお決まりの展開に絶句していると、足に手がたくさん絡みついているのが見えた。
薄暗い街灯だけの簡素な踏切。人はもちろんいない。竹やぶと陰鬱とした公園が隣接している裏寂しい場所だ。
「誰か!助けて!!誰かっ!誰かあー!非常ボタン押して!」
叫ぶも不思議と静寂がわだかまっている。この世界に独りだと。
思い知らされているみたいだ。
「助け…あっ!」
遮断機が降り始め、カンカンカンと警報音が鳴り出した。
「助けてっ、いやだ…まだ…」
泣きながらももがく。遠くから電車のライトが近づいてくる。
「いやだあ…おばあちゃんたすけて…」
しかし脳裏に浮かんだのは茶髪の目つきのイッチャッてるパビャ子だった。
こないだ貰った土鈴。それをバッグから取り出して握りしめた。
「助けてパビャ子!お願い!」
手汗でぬめった土鈴に額を当てる。「私はまだ──あの人たちに会いたいの!」
土鈴が清らかな光を放ち、今まで聞いた事のない麗しい音を立てた。光が水のように溢れ、地面に落ちる。
赤く点滅していた踏切警報機が柔らかに消灯し、街灯も、電車も。街の灯りが全てなくなってしまった。
生ぬるい涙を流し、必死に祈っていた女子高生はハッと顔を上げた。月明かりだけがこちらを照らしている。
丘の上。周りは閑散とした原初の、原っぱが広がっていた。ここは。
「昔の景色…?」
線路ができる前の、街が発展する以前の光景だった。手のひらの中にある鈴は、もしかしたらこの丘に埋葬されていたのかもしれない。
「ありがとう。私なんかを助けてくれて」
しっかりと口にして土鈴をもう一度握りしめた。感謝する。土地に。この丘の主に。
「だ、大丈夫!?」
車掌の声がして我に返ると懐中電灯で照らされ、目の前に車体があった。しかし停電しているのは変わらない。
「よ、…良かったぁ」
へたりこんで、絡みついた手たちがないのに安堵する。
「停電がなかったら轢かれてたよ。君」
「靴が挟まっちゃって…」
嘘だがあまり変わらないだろう。
「ひとまず、あー…どうしようか…」
「あ、えっと、家に帰ります…」
後日。
大規模な停電はまだ解消されていないが、パビャ子にお礼をと、自転車を酷使して隣の隣の市でなけなしの金で菓子折りを購入した。
「そういえば…鈴、どこに行っちゃったんだろう」
あれから不思議な鈴は消えてしまった。幻だったのだろうか?
「この街、昔は何があったんだろうなぁ…」
時代と共に、人や景色は変わっていく。それは抗えない事だ。忘れられれば無になる。
「ちょっとだけ寂しいや…」




