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虚無なありきたり 〜別乾坤奇譚〜  作者: 犬冠 雲映子
キリトリセン(フス編)
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ぜっぼ…ぅ

「なにその格好。就活生じゃないんだからさ」

 上司に小言を言われて、「すいません…で、でも!」顔を上げたらそこには既にいなかった。

「うう…」

 涙をこらえ、自分のデスクにつく。

 クスクスと笑う声がする。職場の女性陣がこちらを見て何か言っている。

(どうしよう…来なきゃ良かったかな…病院に行った方が良かったのかな)

 俯きながら仕事に集中しようとしたが、自分はシュレッダー係か茶組しかさせてもらえないのを思い出した。

 この格好では何もできない。

「何で私だけ…なんで、なんで」

 涙が零れ、デスクを濡らす。涙が止まらない。怒りと憎悪が止まらない。

 溜まりに溜まった自殺願望が破壊衝動に変換される。

 彼女の瞳が一瞬、金色に煌めいた。「皆、消えちゃえばいいんだ」

「あ、あの」

 社内で立場が似ている同僚が近づいたが、何かに弾かれたように倒れた。顔がえぐれていた。

 それを見た誰かが悲鳴をあげた。カーペットがひび割れ、蛍光灯が破裂し火花を散らした。

「な、な?!地震?火事!?」

 上司が慌てて部屋に入ってくるも首が切れ血をふきあげた。グラデーションのある赤が周りを染める。

 慌てふためいた社員たちが出口を求め一目散にドアに殺到する。上司の死体を踏み荒らし、廊下に血の足跡がつく。

 炎が舞った。

 逃げていた人々が自然着火し、一気に建物を熱する。

 火は一気に燃え広がっていった。


「生存者発見!──ぐああ!」

 救助に当たっていた救命士をどつき、一人の生存者は起き上がる。

 黒く煤けているが傷一つない。

 瓦礫に近くなった『職場』を脱出し、気がつけばオフィス街の路地裏でうずくまっていた。

「お仕事ご苦労さまです」

 青年が現れ、缶コーヒーを渡してきた。

「…」

 缶コーヒーを受け取り、項垂れた。

「犯人捕まりましたよ」

「え?」

「ほら」

 スマホの画面を見ると、最初に『死んだ』はずの同僚が逮捕され連行されている画像があった。

「良かったですね」

 善良な人を体現した青年は横に座った。

「良くない!元は貴方が──」

「お仕事、ご苦労さまです」

 有無を言わせない声で言われ、女性は押し黙る。

「もう、仕事、したくないです」

「ええ。これは仕事ではないです。"死事"ですよ」

「私、もう」

「好きなように生きれば良いんです。思う存分、好き勝手にできるんですから」

 笑顔を貼り付けた彼は優しく言う。優しい、それすら嘘くさい。

「はい…」

「僕、南闇っていいます。よろしくお願いします」

「なやみ…さん、ですか。はい」

「貴方は?貴方は何ですか?」

「あ…私はミスばかりして」

「ミスさんですか。いい名前ですね」

「いや!あ、ミスでイイですもう」

 思考を放棄して、缶コーヒーをあけ飲む。甘ったるい味に嫌気がさした。

「僕、こう見えて下宿生なんです。良かったらそこに住んでください」

「え!大学生、なんだ…」

「今はリモート授業もありですから。いい世の中ですよね」

 彼は笑顔のままだ。ずっと笑顔だ。それ以外の表情がない。

「でも貴方が」

「大丈夫です。僕はウロウロするのが好きなので、日本一周とかするの好きなんです」

 ミス、は頷いて甘んじる事にした。

 実家には帰りたくなかった。今は特に。

(…私も、自分探ししたいな…)

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