ふういん と あくまびより
サクメイシリーズのクライマックス。
絶体絶命の最中、頭の隅でなんて事のない光景が浮かんだ。
朝ごはんの際にヒントを与えてくれたギャビーの言葉。
──अहङ्कार。日本語よりに言うと、アハンカーラ…。
「アハンカーラ!」
奔流に溺れそうになりながらも叫ぶ。かき消されそうな声をはりあげて。
乎代子は洞太 乎代子だ。
たとえ造られた存在だろうが、自分は乎代子なのだ。(私は私なんだ!それ以上もそれ以外でもない!)
強い意思で手を伸ばす。天上の世界へ助けを求めるように。
「これが私!私は私だ!アハンカーラだ!」
パーラム・イターは体の異変に気づいた。主導権がゆらぎ初めている。
(くそ。あの小娘。何を吹き込まれた?)
「…おのれ、八重岳…イヨ子」
自然とその名が口から零れ、彼女は我に返る。自らに組み込まれた異分子を憎々しく思う。あの子供の呪い──憧憬はおぞましい。
「ああ?」
場違いな言葉に錯迷が手を緩め、眉を顰める。
「どこまでも私の邪魔をする小娘め…くそが、くそがくそくそくそくそくそくそくそくそくそ!!!!!!!!」
牙を剥き、立ちはだかる大男を突き飛ばした。持ち得る全てのエネルギーを放出し、怒りを顕にする。その爆風は襖さえ吹っ飛ばし、ガラスが割れる。
「ああああああああああああああああああ!!!!」
鼓膜が破れるほどの絶叫。パーラム・イターはさらに力任せに建物を破壊する。壁を、床を、増築された屋敷を。この世に存在する全てを。
「サリエリ・クリウーチ!今だ!あの玄関口が見えるけ!早く施錠してサクメイを閉じ込めるんだ!」
「は?!」
ミハルが粉々になった襖を乗り越えて、サリエリを放り投げた。「わああああ!」
「させるかあ!」
錯迷が意図に気づき、放射された少女を傷つけようとする。
「や、やめろ!僕はな──」
「ダメーッ!!」
「君は──」
パビャ子が咄嗟に身を呈して庇い、大傷を追った。鉄壁のリクルートスーツが破かれ、血飛沫があがる。
「乎代子…早く!」
負傷してもなお、勇ましい顔つきで彼女は相方へ合図を送った。
「ああっ、分かった!」
自我を取り戻した乎代子が手をかざすと、再び念力により錯迷は後方に飛ばされる。暗い奈落の底ともとれる玄関口から数多の手──屋敷の迷い人たちの腕が伸びてきて、彼の肢体を掴んだ。死人のような顔たちがジッと彼を睨み闇へと引きずり込む。
「く、くそっ!離せ!人間ども!」
「発動せよ!魔法天使サリエリ・クリウーチが命じる!永久なるリリカル☆アンロック!」
サリエリが巨大な鍵を召喚し、閉まりゆく戸に魔法をかける。そして鍵を突き刺すと『ガチャン』と閂をかけた。
「は、はあはあ…う、恥ずかしいぃ…」
赤面しつつも消失していく屋敷を眺める。あれだけ強固たる佇まいを見せていたドライブインは粉々に砕け、一階部分の基盤のみが残った。
「パビャ子…っ」
乎代子が血を流し無惨に転がるパビャ子に駆け寄り、青白い顏を覗き込む。
「私、初めて人助けしたよ…イヨ子ちゃん、みたいになれたかな…」
「ラフ。治癒魔法をかけてやれ」
ミハルがあまりの展開に呆然としていたラファティを叱咤し、治癒魔法を促す。
「ダメだ。呪いがかかって治癒魔法が完全に浸透しない!」
いくら魔法をかけても引き裂かれた傷は癒えず、パビャ子は浅い息をしてぐったりとしている。
「…至愚を呼ぶか。サリエリ、頼んだけんね」
「あ、ああ…すまない。パビャ子…なぜ私を守って」
「…パビャ子。居なくなるなよ。置いてくなよ…」
乎代子は初めて鬱陶しいとさえ感じていた女性へ寂しさを抱いた。死んで欲しくない。
「私にはお前しか友達いねえんだよ…」
封じられた清楚凪 錯迷は自ら造り上げた城塞の中で、荒々しく板床に拳を叩きつけた。
「あんなの、聞いてない…あのパーラム・イターの残りカスが…」
「こんばんちゃぁ。サクメイさ〜ん、お聞きします。今の気持ちはどんな気持ちですか〜?」
ヌラリ、とどこからか野良悪魔のアッター・アンテロープが現れた。女児は見下しクスクスと嘲笑い、覗き込んでくる。
「ねえねえ。ボクが貸してきた『ご都合主義』。返してくれるんだよねぇ?」
「…。…サクメイは外に出られないのです。数百年かかるかもしれません」
天使のフリをした紛い物に厄介な魔法をかけられた。錯迷はマジナイに優れてはいない。
至愚ならば解けるかもしれない。しかしもう、戸は開かない。迷い人たちがこちらを強くねめつけ、取り囲む。
「アハハ、無様♡無様だねぇ♡」
悪魔がドタバタと廊下を走っていく。鈴を転がすような笑い声が響き渡る。
「あーあ♡楽しかった♡悪魔ってなんて楽しいんだろう!悪魔日和に尽きるなぁ!」
「発動せよ!魔法天使サリエリ・クリウーチが命じる!永久なるリリカル☆アンロック!」
書いてて楽しかったセリフです。