しゅうあくな〈記述欄〉
サクメイシリーズも終わりですね。感慨深いです。
「ラファティ、短い間だが呪具が世話になったな。アタシャあシャバの空気が吸えて万々歳だ」
「お、お前、乎代子じゃないんだよな?」
「おうよ!アタシはパーラム・イター。そう呼ばれていた悪党だ」
乎代子の姿形をしているはずだが、纏っている気配も仕草も異なる。気持ちが悪い。見知っている人が一瞬で別人になる様は。
「さて、お仕置が必要だな。お坊ちゃま♡」
芝居がかった手つきで指を鳴らすと、いきなり清楚凪 錯迷の体がフワリと宙に浮いた。
サイコキネシス。ラファティは希少な異能が実在していたのだと焦燥する。
「くっ…こちらだって、手がある」
奇妙な獣たちがどこからともなく湧いてくるや、パーラムへ襲いかかる。しかし一瞥されただけで小さな人面獣らは蹴散らされる。
勝ち目がないと人面獣たちは逃げていき、煙のように消えていった。
「オメーさぁ。勘違いしてねえか?おどけて接してはいたが、アタシはお前より上なんだよ。力も地位も」
グッと握りこぶしを作るととてつもない力を込めた。するとキメラから骨や筋肉が破壊される音が響く。
(やべえよ…あんなヤツの近くにいたのか、俺は──)
正確には封じ込めていた呪具・乎代子だが、今まで退治してきたこの世の者でない部類のどれよりも強力で無力感に陥る相手だった。
彼女は確かに、此岸の向こう岸へと魂を渡す管理していた者だ。雑魚どもなんて比べ物にならない。
「やっほ。元気か。ラフ」
重厚な襖の向こうからミハルの囁きに近い声がした。
「先輩。生きてたんすかっ」
「そりゃーもう。ところで何が起きてるん?襖なんて無かったぞ、ここに」
「さ…清楚凪 錯迷が俺たちを閉じ込めて」
「とりあえず頑張って開けるからしばらく時間稼ぎしといてくんない?」
「分かりました」
(頑張って開けられるモンなのか?これ?)
パビャ子はそれよりも襖の血をなめていた。この状況で良くぞキテレツな行動をとれるな、と関心さえする。
「この血、…あの化け物の血だ」
「え?」
「塩酸に似た毒が入ってるよ。あのまま潰したら毒が飛び散る」
「じゃあ、乎代子が!」
止めに入ろうとしたが、案の定キメラが炸裂した。血肉が飛び散り、床や壁を溶かす。
乎代子の皮膚も爛れ、パーラム・イターは体液を浴びた頬をなぞった。
「なるほど。隠し味を持ってたなんて、あまりオイシクないなぁ」
「いいのか?呪具を蔑ろにして」
「アハハ!別に!」
彼女はいかに楽しそうに笑ってみせた。思念体になった清楚凪 錯迷が軽蔑した視線をよこす。
「なぜ夜札星様が貴様を助けたのか分からない。貴様のような矮小な輩を」
「さあ。あんまり一個人を賛美するやめた方がいいよ。人ってのは完璧じゃないのよ。ながぁく生きてきたなら分かるだろ?」
「…分かった口を聞きやがって!」
錯迷が具現化し、鼻の先に出現する。怒りに顔を歪め、無骨な──鋭い爪の生えた手を首に伸ばした。
「やりなよ。殺したきゃ殺しな。しかしアンタは道を外れる。アイシュワリヤではなくなり、零落した醜い化け物になる」
「何を今更」
「んー?今更?ああ!そっか!清楚凪 錯迷はこれまでの間、たくさんの神霊を殺めて来たんだっけ──あなたのために、あのオンナを殺めます。この身が零落しようとも」
息巻いていた男が固唾をのんだ。なぜ、知っている?そう言いたげに。
「今更今更。納得する言葉だな。華麗なるサクメイさまの醜悪な人生を語ろうか!まずは夜札星、アンタの求愛を拒絶し逆らったからだ。次は山を支配していたハジカミという大神。そんで次は──」
「止めろ!」
「ああん?なぜ?もしかして図星?夜札星を手篭めにしたかったんだよなぁ?」
「やつかれは、ただ、夜札星様を…!」
「アイシュワリヤ同士での性愛は禁じられている。それは知っているはずだろ?ましてや逢瀬もね」
何が起きている?ラファティは混乱しつつも『アイシュワリヤ』という単語が彼らを指すのを理解した。彼らは該当しない群団(または無該当化した者たち)と呼ばれている。名称がなかったのに、パーラムは口にしている。
そうして錯迷が夜札星という者を強姦した疑惑もだ。
「あなたのために、夜札星様のために。清楚凪 錯迷。お前はそう言いながら、免罪符にしながら神殺しを行い、都合のいい世界を作り上げてきた。多多邪の宮、あー、始祖に言ってやろうか?」
「…パーラム・イター。デタラメを言うな」
低い怨恨を吐くと首を掌で鷲掴み、締め上げる。気道が閉まっていく音がする。
「零落したって構わぬ。やつかれは貴様を殺す!」
(──嫌だ。このままじゃあ、パーラムの計画通りになる)
乎代子は濁流の中で身をばたつかせながらも、表層へ顔を出す。赤い河の中でどこかへ流されようとしている。
──此岸に出現するためにあの肉体を作ったにすぎない。清楚凪 錯迷がお前らを破壊すれば始祖のいる極楽浄土へ戻れるのさ。
──…戻ってどうするんだ?極楽浄土に住むのか?
──まー、そうだなぁ。多多邪の宮のように、ご隠居してもいいが。もっとこう…自由になりたい。彼岸の向こう側に行くよ。
(利用されるだけなんて!くそったれが!)
これまで生きていたうちの大半を他人どもに利用されてきた。それは真っ平御免であった。
肉体を破壊される前に、何か、方法を──
やつかれ?やつがれ?間違えてる…?