きめらとせつがん
サクメイシリーズも終盤になりました。
猛獣を組み合わせたキメラが現れ、恐怖のあまりにラファティが情けなく小さく悲鳴を上げた。さながら鵺の如く、虎の胴にライオンの顔、前脚は鷹の鉤爪が生え──背中から大量の毒蛇が生えている。
燃えるような金色の双眸を滾らせ、彼は鮫の牙だらけの口を開いた。
「夜札星様を返してください。あれはサクメイのモノです」
形相と相反して抑揚のない機械音声がそう告げる。
「キショい事言うんじゃねー。それに夜札星さんはお前の所有物じゃねえよ」
「いいえ、令和に至るまでサクメイが世話してきたのです」
「夜札星さんはもういない。彼岸に渡った。お前から離れたんだ。諦めろや」
「サクメイがいなければ、彼女は生きながらえなかったのです。サクメイのおかげです。サクメイは彼女に尽くしました。生涯を捧げて、彼女のために」
壊れた機械のようにキメラは恨み言を吐き続ける。
「──貴様がやつかれから夜札星様を引き離したのだ!」
機械音声がバグり、怒号と化した。
「ぎゃあ?!」
飛びかかってこようとした化け物に間髪入れずロケットランチャーの弾が打ち込まれる。背後からの風圧に乎代子はもう何が何だか分からず、反射的に伏せった。
「は、はは…癖がついてて良かった…し、仕留めた、よな?」
撃ったのは怖がりのラファティ──大仰なロケットランチャーを担いでいる。いつの間に。
「びっくりしたあ!ラファティ、そんなん持ち歩いてんの?」
「ま、まあ…って喜んでいる場合かよ?!」
パビャ子が目をキラキラさせて呑気に喜んでいる。
弾丸が廊下を破壊したが──清楚凪 錯迷は無傷であった。突き当たりの壁に叩きつけられただけで、更に怒りを宿した瞳を向けてくる。黄金色の焔が薄暗い空間で揺らめく。唸りを転がしのしのしと距離を縮めてきた。
「ひ、ヒー!!!M72 LAWだぞ?!」
「すげー、無敵じゃ〜ん」
これで現代の武器が相手に通じないのが判明してしまった。どうする?乎代子はいつもトンズラをかまそうとしたが──背後にズドンと襖が立ち塞がり、三人はさすがに危機感を覚えた。
(どうする?逃げられねえ?清楚凪 錯迷の弱点は何だ?)
天啓が降ってくる。
(アレが苦手なもの、…パーラム・イターしかねえだろ!)
明白すぎて他に浮かばない。だが、パーラムをダシに戦うのはリスクが大きすぎた。
(どうする…?武器も使えねぇ…)
床を掘るにも道具がない…逃げられもしない。挙動不審に何か策がないかを必死に考えた。
──そうだ!洞太 乎代子。清楚凪 錯迷に粉々にされては元も子もない。私を呼び出せるようオマジナイを教えてあげよう。
混乱した脳内に、夢に似た最悪な空間での会話を思い出す。
彼女は人差し指を魔法使いの如く揺らめかせると、口を開いた。
──स्वाहा。
──供物を捧げる際の聖句だ。
自嘲ともつかない乾いた笑いが漏れる。供物は自分か。何と皮肉なんだろう。
供物を捧げる際の聖句──彼女は応えてくれるか?
──そうすれば私があの若造をちょっとばかし痛めつけられる。
「さ、幸あれ!スヴァーハー!」
必死に声をはりあげ、バカバカしいと考えつつも祈りを捧げた。すると耳鳴りともつかぬ奇妙な張り詰めた音が──した気がした。錯迷も感じとったのか、筋肉をピクリと動かす。
(…よく言った。乎代子さん。計画通りだ)
どこからか頼もしい声がする。いや、内側から。
(え?)
(後は私に任せな!)
脳裏にパーラム・イターの威勢のいい一声が響き、意識がザァッと遠のく。(計画通りって…)
問う前に乎代子は濁流に呑まれ、奥に押し込まれる。抵抗もできずに。
(私は、死ぬのか…?)
乎代子の訳の分からない言葉を聞いた途端、ラファティは周囲の空気が張り詰めたのを感知する。
何かとんでもない出来事が起きようとしている──
焦り、うつむき加減の乎代子へ声をかけようとした。
「…世間知らずの坊ちゃん。久しぶりだな」
「もしや…貴様はパーラム・イター!」
「あたぼうよ!あー、シャバの空気は美味いなぁ!」
ニカッと笑った『乎代子』に錯迷は怒髪天を衝く。
「殺してやる!夜札星様を奪った無礼者!」
「パビャ子、ど、どうする?!」
「どーするって…」
色々と伏線回収?できてよかったです。