ときをたびする かんけつ(めでたしめでたし)
サクメイシリーズになります。
夜札星さんのお話はこれで終わりです。
現代の時刻では午後八時くらいだろうか?街灯のない景色はひたすらに暗く、恐ろしかった。パビャ子が中々帰ってこない。
夜札星が心配でならない様子で針仕事をしていると、『アダイオ』という至愚にそっくりな修験者に連れられ神社にやってきた。
(アダイオ──徒魚?あの?)
深淵之水夜礼花神へのお供え物というまんじゅうを食べながら、呑気に帰ってくる。拘束されている様子もない。
「どこ行ってたんだよ!夜札星さんがひどく心配してたんだぞっ?!」
「アダイオさんとお話してた」
「…この人が──し…」
徒魚──彼女の話を封じられたパーラム・イターから聞いている。疑念を宿した目を向けられ、思わず逸らした。
「コヤツもパーラムの眷属かい?」
「いいえ、未来のパーラム・イターよ。二人とも」
社殿から出てくるや否や、夜札星は前に立ちはだかり自分たちを庇う。彼女を目にした修験者らは少しざわついた。
「…そう。ともかく!藩や村との話をつけてきた。深淵之水夜礼花神、いや…夜札星なる輝く偉大な天津神よ。この神奈備から退去願いたい。それが貴方様を崇拝する村の民ら、または村を治めている藩、及び近隣の村々でまとまった願いだ」
「ええ。分かったわ──では、承諾の印に御神体の勾玉を」
頭を垂れ、首に下げていた勾玉を掌に乗せると誓いを立てる。それを見届けた徒魚は頷き、跪いた。
「ご無礼を許したまえ。偉大なる神よ」
手にしていた小刀で勾玉を砕き、恭しく何やら呪文を唱えた。お経のような呟きを、自らは知っている。あの声音も、そうして真剣な表情も。改めて耳にしてやはり徒魚は至愚だと乎代子は確信する。
(至愚は本当に人間だった。パーラムの発言は嘘じゃない…じゃあ、彼女は…既に神殺しを)
「ありがとう。…私はあちら側でご隠居します。二度と此岸には渡って来ないでしょう…」
「夜札星さん!」
祈りを捧げていた夜札星の姿が徐々に消えていき、やがて目の前から居なくなった。残ったのは奇妙な皮きれだけ。
乎代子はパビャ子を見やる。ヤツはただ普通の出来事のように皮きれに視線をやっているだけだった。
「神が依り代にしていた物だ。丁重に扱え」
「はい」
従者が寄木細工が施された奇っ怪な箱にしまい、後ろに下がっていった。
「…あのう」
「何だ。パーラム・イター」
「いや、私は洞太 乎代子と言うんですが…」
焦り彼女に詰め寄るようになってしまう。勢いに多少驚いたアダイオは眉をひそめた。
「み、未来に返してくれませんかね?このまま江戸時代とかシャレにならないんですよ!」
「良いじゃないか。江戸時代とやらに生を終えれば、私どもも助かる」
「嫌ですよ!なんとかしてください」
「未来にパーラム・イターがいる事が私は許せない。それに今、確かに何かが変わった。乎代子さん。貴方を返したら危険が増す可能性がある」
「あー、そうだ!パラレルワールドをご存知ですかっ」
「ぱら…?」
首を傾げる彼女に、乎代子は力説する。
「今もし些細な事が変わったのなら、私たちがいてやってきた世界が異世界になったはずです。あなたがいる世界が史実となったなら、であれば!私が異世界に帰ればいい。そしたらあなたとの接点はなくなる、かも」
「ふむ。確かに…しかし」
「八重岳 イヨ子です。八重岳 イヨ子という少女がいづれあなたの前に現れる。それがパーラムの動きを封じる最大の切り札になります。いいでしょ。とても重要な情報だ」
(あれ)
自らで言って、違和感に気づく。種をまいたのではないか?
「八重岳 イヨ子か…覚えておくよ」
「じゃ、じゃあ!」
ぼんやりとしているパビャ子を引っ張り、慌てて社殿へ逃げ込んだ。そこには悪魔がよこした鏡が残されている。月明かりに照らされて、鏡面に窟が見えた。あれは。
「神社の裏手に行こう。今なら帰れる」
「本当?良かったぁ」
「ほら、早く。二人とも」
ちょいちょい、と裏手に繋がる戸から満面の笑みでアッター・アンテロープが顔を出した。いつからいたのだろう。
「ご返却ありがとうございまぁす!ハッピーサプライ〜ズ」
「分かった。四の五の言わずに案内してくれっ」
「ハイハ〜イ!」
社殿から物音がして、徒魚は不審に思い扉を開けた。中はがらんどうで──既に乎代子とパビャ子の姿は無い。
「…未来のパーラム…あれらは、どうなって」
パーラム・イターが二人に分裂しているという事は未来の自分が『八重岳 イヨ子』と出会った証明になるのだろうか。
「徒魚さま!村の壕や入り口に細工をしていた男が逃亡しました」
村からやってきた従者が息を切らして報告してくる。
「サクメイという男か」
神のフリをしていたヤモリの死体の一部を村人へ見せるため、訪れていた従者が発見したサクメイという村人。なぜだか一人黙々と入り口や周辺の設備を細工して弱体化させていた。
不気味に抵抗せず、彼は他の村人たちに捕らえられたが…。
「私も応戦するか?」
「いえ…警備役の村人が追いかけていますが…」
「なら皆で神の居ない山を、これからどうすべきか話し合おう」
徒魚はフッと小さく笑う。全てが無に帰してしまったのなら希望が満ち溢れる結末を目指そう。
めでたしめでたし、的な感じで終われて良かったです。多分。
夜札星さんの話を読んでくださりありがとうございました。