ときをたびする そのご
サクメイシリーズ、または夜札星さんの話の続きになります。
一方パビャ子は村の子供のサエと魚釣りへでかけた。彼女は渓流への道を熟知しているようで、スタスタと歩いていく。
「お姉ちゃん。どこの国から来たの?北から?南から?海の外から?」
「んー、関東地方だよ」
「かんとう?何それえ〜」
「サエちゃんの村からとおーく離れたとこ」
「えーっ、説明になってないよ〜!」
無邪気に笑う少女は釣竿を担いだまま傾斜に突き刺さる岩を巧みに登る。
「この先にたくさん釣れる隠し場所があるんだ。パビャ子さんには特別に教えてあげる」
「ありがとう」
確かに遠くからせせらぎが聞こえ、渓谷があるのを告げている。
「それにね!すんごい面白い所!」
言われるがままについて行くと、滝つぼに近い、割れた土器が散乱した川にたどり着いた。明らかに普通ではない。過去に祭事の際に使われていた場だろう。
「ここの魚は皆毒がなくて食べられるんだ。味もね、美味しいよ」
「毒?」
「この山はね、毒だらけなんだって。夜札様がサエだけに教えてあげるって。獣も魚も木も土も、夜札様が長年出してしまった毒が染み込んでるからサエは食べちゃダメだよって」
「…あの人から毒なんて出るの?」
サエは汚れた足を川へ入れると洗い出した。
「それが夜札様のお力の一つなんだって。…今日はさよならするから、夜札様にたくさんここのお魚あげるの。ここはね、むかしむかし、もっとむかし、端上村ができる前に清らかなカミサマがいて、人々に山の恵を与えてくださった場所だから」
「へえー。優しい子だね!サエちゃんは」
釣竿の準備をすると、二人で平らな岩に腰掛け、釣り糸を垂らした。秋風が吹き、紅葉した木々が美しい。とても毒に穢れた土地だとは思えない。
「…。パビャ子さんは、どっから来たの?良かったら一緒にサエと逃げない?」
「えっ、駆け落ち?!」
「もう!サエは今夜和尚さんと北の方に行くの。尼さんになるためにお寺に預けられちゃうんだよ」
「尼さん?お若いのに?」
パビャ子にはこの時代の事情が分からないが、この子はそれを嫌がっているように思えた。
「私は夜札様の土地で死んだっていい。だけど、和尚さんと夜札様は嫌みたい」
「まー、嫌だよね。子供が死んじゃうのはさあ」
「村には友達もいるのに…」
「ま、今はさ!釣りを楽しもうよ!」
俯き涙ぐんだ少女を元気づけ、釣りに集中する。サエも曖昧に頷くと川面を眺め始めた。
パビャ子はサエと川魚を大量に釣った後、暇を装いまたあの滝へ足を運んだ。滝つぼあたりは底が深いらしく水の色が濃い。
バシャリと川に飛び込むと滝つぼの底を観察した。やはり多数の土器や剣、鏡──人骨が蓄積している。
清らかな神への人身御供が行われていた証拠だ。
パビャ子はまだ使えそうな剣を手にして、水面に顔を出した。
「やっほ〜。パビャ子さん」
岩にあの悪魔が立って手を振っている。いつの間にいたのか。
「その剣、頂戴よ!」
「え〜何で?」
「どうせロクでもない事に使うんでしょ?ならボクに売らない?対価に良い情報と武器を与えちゃうよ」
「うさんくさ」
仕方ないと川から這い出ると、悪魔は寄ってきた。剣の様子をジロジロ観察している。
「切れ味も良さそう。それにマジナイつき。いいね〜」
「…むう。そんなに欲しいの?」
頷くと女児はフフンと鼻歌交じりにいかにも悪魔らしい尻尾を揺らした。
「パビャ子さん。歴史はそう容易く変えられないんだぁ。例えば人類が誕生する出来事をなくせやしないし、宇宙が爆発して消えてしまうのも回避できない。サエという女の子はキミが殺めたとしてもせずとも、どちみち逃げる途中で土砂に飲まれて死亡する運命に定められている」
「土砂?この村じゃなくても?」
「この村、いや、かつてここ一帯を治めていた者が地形を変えるほどの大雨を降らす。まさに水に流すんだ。何もかも」
「清めるために?そんなのできるの?」
「できるんだ。あのレベルまで達したこの世の者でない部類はね!」
アッター・アンテロープはなぜか得意げだ。
「ふぅーん。じゃああげるよ」
剣を渡すと、悪魔は毎度ありと謎のカバンにしまってしまう。中身が気になり開けようとするも避けられて触れられなかった。
「さいあく」
「パビャ子さんにはお似合いのこれをあげるよ!」
カバンから出したのはライフル銃である。使い古されてはいるがかなり大切にされている。ボルトアクションライフル。
「何でアサルトライフルじゃないの?」
「悪魔特性技術の魔法のライフル銃をけなすわけ?」
「まぁイイけど。で、これを誰にぶち込めば良いの?」
パビャ子は半ばウンザリしながら銃を確かめる。実弾もセット済み。
「村に夜札星からしたら敵となる近隣の十ヶ月村の人と神が攻めてくる。日時は明日の午後。その前にパビャ子さんが大好きな、歴史の書き換えをするんだ」
「十ヶ月村…ふーん」
そういえば地理を把握していなかった。この村は確か端上村と言われていた気がする。
「夜札星は半ば免罪で退治される。半分は確かに夜札星の異能のせいだが、後は開山した幕府による帳消しと鎮守の神による因縁さ」
「私も夜札星の手札ってワケか」
「そう。ただし君がこれを使えば、敵側のカミサマは一発で死ぬだろう。だがそれは二度と覆せない。君は神を殺した、その事実が残る」
女児に化けた悪魔は陰湿に笑う。
「キミタチの業界では神殺しって大罪なんだろ?」
「うん。そうは言われてるよ」
「キミは銃弾を抜いて十ヶ月村の神を脅迫し、罪を自白させてもいい。殺めてもいい」
どう選択しても悪魔パワーにより自由だ、と彼女は言う。物好きな輩だ。そこまで加担するなぞ、リスキーなのでは?
「ま、皆…村人たち死んじゃうんだけどねぇ」
「え?なになに?なんて?」
「いやいや!じゃ、健闘を祈るよ!」
悪魔悪魔いってますが、アッターくんは偽物です。