ときをたびする そのよん!!
サクメイシリーズです。また夜札星さんの話になります。
次の日、パビャ子は神社へ足繁く遊びに来る村の子供と魚釣りに行くという。無邪気そうな年端もいかない女の子は見慣れない様相のパビャ子に興味津々で、離さなかった。
魚釣りなら村には迷惑をかけないだろう、と夜札星は竹で作った水筒と村人からもらった釣具やらを持たせ、二人を送り出した。
「スエちゃんはこんな私に懐いていてね。よく話し相手になってくれるの」
「…しかし一人で山に登ってくるなんて、肝が据わってますね」
熊やらがいる危険地帯へ子供一人で行動するなんて。
「両親がいないから、和尚さんも気を使って私の所によこすんでしょうね」
「そ、そうなんですか」
ハードな生涯を送っている子供だ。(いや、この時代なら案外普通なのか…?)
「…乎代子さん。昨晩行っていた事なのだけれど、頼んでいいかしら」
「ああ、あれですね。大丈夫ですよ…慣れてますから、多少は」
──本当の山のヌシを解放する。それが夜札星から頼まれた依頼だった。
「私はあの場に行けない身なの。どうしても結界に弾かれて先に進めない。この世の者でない部類が侵入できないように細工がされているみたい」
「なるほど。なら一応は人間である私が…」
「ええ。ごめんなさい」
こちらへ来て、と案内される。神社から少し離れた岩場。断崖絶壁に生じた洞窟はもう長い事人が訪れていないのか、壁面に刻まれた模様、しめ縄らしき物が散らばっていた。
「この洞窟の奥にヌシはいるわ」
「うわぁ…雰囲気ありますね」
「…気をつけて。乎代子さん、いえ、パーラム…」
きつく手を握られ動揺する。驚く程にその手は冷たかった。死人みたいだ。
「パーラムは強い子だから大丈夫」
(か、過保護だなぁ…)
「じ、じゃあ、行ってきますね!」
気まずい気持ちになり、乎代子は意を決して暗闇に身をなじた。
しばらくして目が慣れてくると、長い年月により自然に形成された洞窟の壁、うねる足元の岩が顕になる。手彫りではないのに不思議と一定の高さを保ったまま、洞窟は続いていた。
いつしかたくさんのバリケード──杭が打たれ、しめ縄が張られ始める。この先は禁足地や神域だと、村の人間に誤認させるような細工がなされている。
いや、元は神域だったのかもしれない。だが、今は淀みを溜め込む危険な場所だ。
乎代子は常に所持している懐中電灯を片手にしめ縄をくぐっていく。心做しか息が苦しい。
(酸素が薄いのかな…早く山のヌシを見つけないと)
しめ縄の数が増えていき、仕方なく山の民として変装する際に借してもらった刀で切り裂いていった。歩きやすくはなるが空洞の奥から漂う冷気がひどくなる。
着物を羽織っていても寒くて手がかじかむ。これは普通の冷たさではない。この世の者でない部類が巻き起こす、異常な空気だ。
「くそっ」
悪態を着きながら進む。足元が徐々に冷水で不確かになるのを、もう助からないのではないかと嫌な予感がわく。
そんな矢先にマジナイが込められていそうな模様が施された扉が光に照らされた。異様である。
「あった」
駆け寄り、感覚のない指先で確かめる。この扉の向こう側に山の化身はいる。
鍵をシリンダー差し込み、カチリと捻る。すると腐敗臭と小さな呪詛が漏れ出ててきた。
トラックほどあるオオサンショウウオに似た生き物がうずくまっていた。身体中、傷つけられ、矢で右目を貫かれて怒っていた。加えてしめ縄に縛り付けられ身動きもできずやせ細っている。ヌシは弱体化しているのか──こちらに気づいていない。
「あ、あの!」
声をかけてから後悔した。山のヌシは怒りを含んだ唸り声をあげ、こちらを睥睨してきたのだ。
「あ、あ、いま、矢を抜きますから」
邪悪な気を放つ矢を手にして、半ば無理やり引き抜こうとする。が、ヌシは暴れだして岩に叩き付けられた。
「いって…あ!」
手には矢がある。片目を損傷しているが、オオサンショウウオは自由になった。体を縛り付けていた縄をブチブチと自力で千切り、奇声をあげながらどこかへ行ってしまった。
「…」
呆然とそれを眺めていたが、気味の悪い鏃を岩に叩きつけ破壊する。すると満ちていた寒々しい空気がなくなり、湿った岩室はわずかに明るくなる。
(これで、良かったのか?)
何が正しいのか、説明もされていなかったが一応はヌシを解放した。夜札星の願いを達成したのだ。
帰路の途中、かなり昔の祭壇らしき場を見つけた。あのヌシへ崇拝していた人々は鹿の頭部や動物をお供えしていたようだ。わざと砕かれた土器が幾つも置かれ、いかに偉大な信仰対象だったと伺える。
原始的な、もしや縄文時代や弥生時代のタイムカプセルかもしれない。乎代子は手を合わせ、無事を祈った。
境内までたどり着くと、パビャ子たちが大量の川魚を籠に移している。つかみ取りでもしていたのだろうか?
「良かった。帰ってこれたのね」
夜札星がホッとしてお礼に遠い国の従者からもらったという、菓子を分けてもらった。
「ヌシは大丈夫でしょうか」
「…分からない。でも自由の身になるのは彼にとって一番の望みだったはず…」
「…なら良かったです」
執筆中にオオサンショウウオは古語でははじかみ、と呼ばれていたのを知りました。




