ときをたびする そのさん!
サクメイシリーズ、夜札星さんのお話の続きとなります。
乎代子は秋の寒さに感謝しながら、着物を上着代わりに纏いカモフラージュする事になった。
流れ着いた山の民という肩書きで、夜札星にお世話になっている──。草むしりにやってきた参拝者の人々は容易く信じ、顔色が悪いからお供え物を食べてもいいと許してくれた。
パビャ子は変わった猟犬のフリをしているが、周りは苦笑して去っていった。四つん這いで生の川魚を食べているのはさすがに不気味であった。
「お前、やる気あんのか?村から出禁なったらどうするんだよ」
「──この川魚さぁ、変わった味がするんダケド」
「話を聞けい!」
「二人とも。夜ご飯を作ったわ。食べましょう」
夜札星が箱膳を取り出して、質素な食事ではあるが、川魚の塩焼き、手作りの味噌汁と漬物を運んできた。
「ご飯は色々な要因で不作で、蓄えがないのよ。それに、ああ…」
「いいですよ!気を使わなくて…」
「私が呼び出したんだもの。責任もってお世話しないと」
(お、お世話…)
こちらを小動物か何かだと思っているのか、彼女は世話を焼きたがる。服を着せるにも髪型を変えるにも。
(こりゃあ、清楚凪 錯迷も勘違いするよな…。いや、アレがこの人に恋心を抱いているか不確かだから何とも言えないけど)
乎代子は箱膳から慣れない手つきで茶碗を出す。贅を尽くした箱膳とは打って変わり傷だらけの茶碗と、使い込まれた箸。誰かのお古だろうか。
「昔、この神社は違う神様が居てね。偉大なる山の神霊・大山罪神さまが鎮座していらっしゃった。私がそうね、確か人々がそれぞれにクニを作り始めた頃、彼岸にやって来た。その時代には散々ヤンチャしたのか…村の人間たちから相当な反感をかっていたみたい。もう弱りに弱って、彼岸へご隠居するから社殿をやるって、夜逃げするようはに巫女さんたちと居なくなってしまったのよ」
「じゃあ、これは神さまに仕えていた巫女さんの」
「そう。あ、きちんと洗ってあるから汚くないわ」
漬物を食べながら彼女は付け足した。
「よく住もうと思いましたね。いきなり言われて、厄介事を任されて」
「別に。私も住む場所に困っていたから、ちょうど良かったし」
なんともあっけらかんとしている。(行動はフツーの人間に見えるのになあ)
「パーラムも後押ししてくれたわ。日本では神社に居れば自然と人が崇めてくれるって」
「は、ハハ…ひでえヤツですね…」
「あの子は強がってはいるけど寂しがり屋で打たれ弱いの。拾った時も酷い有様で…」
「パーラムも拾ったんですか?」
「ああ…基礎の容物になる子をね…」
基礎の容物とは何だろう。詮索してはいけない気がして言葉を出せなかった。
「貴方、パーラム・イター…ではなく洞太 乎代子さんよね。アッターさんからパーラムを封じ込めている特殊な呪具だと聞いたわ」
「まぁ、そうらしいです。信じられないんですが」
「…どんな姿になろうとも、私はあの子を変わりなく接したい。だけど貴方にとってははた迷惑なんじゃないか、って思ったの」
「正直に言うと少し…」
ふふ、と彼女は笑った。「じゃあ、乎代子さんと呼ぶわ」
「私もパビャ子って呼んでね」
ガツガツと夜ご飯を食べていたパビャ子がつかさず口を挟んできた。
「パビャ子ちゃん、よろしくね」
夜札星は神というよりは、人らしい生活を送っていた。
夜ご飯をたべた後はしばらく書物を読み、護符やらを作り、そして夜中には就寝する。まるで住み込みの神職みたいだ。
昼間に干して置いたというせんべい布団を貸してもらい、二人は倉庫代わりの──現代にあたる社務所のような小屋に寝る事になった。
「何かさ。修学旅行みたいだね」
パビャ子が布団を抱えながら、社務所の戸を開ける。
「修学旅行なんて行った事ないんだけど…」
「じゃあ何?民泊?」
「そうだなー…そんな感じかも」
「私は乎代子とこうやって非日常を過ごせるの楽しいよ♪」
カラッとした笑みに、こちらは呆れ笑いしか浮かばられない。
「たくさんお話しようね!寝たら朝まで見守っててあげるから」
「ヒィ〜怖いぃ」
二人でしまわれていた行灯を設置したり、せっせと寝床を整えていると不意に枕を忘れているのに気づいた。
「パビャ子。私が枕持ってくるから、つっかえ棒探してくれない?」
「りょ」
社殿に向かい、裏手にある夜札星の寝室となる小さな部屋があり──神社ならば御神体が祀られている場にあたるのか、変わった構造をしている。戸をノックすると、角形行灯の火を消そうとしている彼女の姿があった。
「すいません。寝ようとしていたのに。枕、忘れちゃって」
「いいのよ、あ、えっと乎代子さん。貴方に任せたい事がある。パビャ子ちゃんには秘密にして欲しいんだけど…」
乎代子は枕を手にしていたが、夜札星に引き止められた。密やかに彼女は言う。
「明日、本当の山のヌシを解放して欲しいの」
「えっ。山のヌシ…夜札星さんの他にいるんですか?」
「ええ。私が来る前から、いえ、大山罪神さまがこの山に住まう前からいる本来の山の化身よ。山を清浄にするとてつもない神力を持つ者が居たのよ。でも大山罪神さまはこの山の東側にいる大ヤモリと結託して封じ込めてしまった、それからはずっと」
「それが、戦略のひとつになるんですか?」
「…ええ。これを」
周りを見回し、古びた鍵を渡してきた。
「パーラムを掌握する力を持つ貴方ならできるわ」
「…拒否権はなさそうですね。やってみます」
大山津見神とは異なる感を出したくて、あまり使われていない?呼び方を使いました。
作中に出てくる神は大山罪神を詐称する妖怪みたいな輩です。




