ときをたびする そのに
サクメイシリーズ、または夜札星さんの話になります。
連れてこられたのは深淵之水夜礼花神なる神さまが祀られた『夜札神社』は連なる険しい山々の中腹にありながら、充実した環境であった。
飼育された鶏が自由に歩き、賽銭箱の近くに野菜がお供えされている。たまに若い参拝者もやってくる。彼らは着こなした様子の着物に身を包み、髪型も時代劇のようなものだった。
乎代子はまさか、タイムスリップしてしまったのかと身動きが取れないでいる。物陰に隠れてバレないよう人々を観察していた。
「久しぶりの川魚〜」
パビャ子はお供え物の川魚を勝手に食べている。
「アイツら、何だと思う?幽霊?」
「さあ。人間じゃなーい?」
「着物きて、ワラジ履いて、しかもちょん髷だぞ…」
「時代劇村とか」
「そ、そうかもしれんな…」
不可思議な体験を数多、経験してきたがタイムスリップは初めてだった。あれらがもし本当に昔の人たちなら会ってはいけない気がする。
タイムパラドックスが起きてしまうのではないか。
夜札星という女性は社殿に引きこもり、何やら誰かと話し合っている。それが終わったら経緯を打ち明けるという。
まるで天女のような、異国情緒のある装束をきていた。昔なら異国から来訪した神さまだと崇められていても不思議は無い。
「頭が痛い。眠りたい。帰りたい」
「ええー。病院ないよ」
「じゃあパビャ子、さっきのトンネルを探してくれよ」
「えーっ」
やる気のない返答に頭痛がする。ヤツは問題を起こすといつも放りっぱなしである。
「二人とも。入っていいわよ」
やがて夜札星が出てきて、社殿に招かれる。中には見知らぬ現代的な服装をした女児が無礼にも寝そべってダラダラしていた。
「こんにちはぁ。おふたりさん。ボクはアッター・アンテロープ。悪魔だよん」
「あ、悪魔ぁ?夜札星さん、これは…」
一応、彼女は神霊である。悪魔とは対峙する存在ではないのか。
「アッターさんに力を貸してもらう事にしたの。私はこれまで皆に迷惑をかけてきたから」
「えっ」
「ははん。だからボクの力は戦争に限られるよん。夜札星さぁん、争い事慣れて無さそうだけど大丈夫?」
「大丈夫。これでも戦ってきた女よ」
胸をはると彼女は鏡を抱えた。神鏡にしては装飾が西洋的で、時代錯誤な印象がある。
「戦うために貴方たちを呼んだ。じゃなければまた斬首されて、零落するだけ…もうそういうのは止めるの」
「ちょっと、わかんないすね…」
あまりの急展開に白旗を上げる。自らは清楚凪 錯迷に狙われて雲隠れしていた最中であり、通常ならばこの神社に呼ばれるなんぞ夢にも思うまい。
「言わんとしている事は分かるよぉ?君たちのいる令和から江戸時代初期まで来てしまったんだからね」
「バーチャルリアリティとかではなく」
「全部本物だ。この悪魔特性の♡摩訶不思議な♡鏡♡によって、君たちはやってきた。まあ、夜札星さんは未来も過去も見通せるありがたいお力をお持ちのようだから、その助けもあるんじゃない」
どうでも良さそうに説明役をかってでたアッターは鏡を指さす。
「夜札星さんの武器は鏡なんだ」
「ええ。立場ゆえに直接手を下せないから…」
「ま、何かあったらボクを呼んでね!サポートするよ」
江戸時代初期。山裾にある『端上村』。代々この山を信仰してきた由緒ある村である。
彼女曰く自らは、山を厚く信仰してきた端上村の人や村の外の人々から罪に問われ、悪い神として退治され、化け物として永久を彷徨う。それを繰り返している。
繰り返しているというよりは、時間の行き止まりから逃れられない。化け物になってしまった未来がある以上、今の自身は身動きできないのだという。
乎代子には理解できない感覚だが、規格外の異能を持つ存在を人間に当てはめて捉えるのはバカバカしい。思考を停止して話を聞いた。
自らは何もしなければこれから『逆さ牛』となり、多数の人間の命を滅し、数多の人の時間を奪う。清楚凪 錯迷に乎代子は殺され人形として飾られ、パビャ子は逆さ牛の世界で永遠に苦しむ。毒の池に溺れながら。
「あの隕石でも砕きそうなパビャ子が…?…清楚凪 錯迷は逆さ牛と関係があるんですか?」
「錯迷が逆さ牛を飼っているの。人間を定期的に迷い込ませ、餌にして生き永らえさせている」
「えっ…」
「錯迷は私に依存し過ぎたのよ。それも私がいけないのだけれど、彼は放っておけば自然消滅する化け物を世話して、依存先が死んだ事を認めないようにしている」
清楚凪 錯迷も最初は人間であり、森の中で傷を負って死にかけていたのだという。発見した夜札星は甲斐甲斐しく介抱し、彼を助けてしまった。
「パーラム・イターへ並々ならぬ怒りを抱えているのも夜札星なる存在のせいだわ」
「…うーん。難しい関係ですね。お二人は」
「難しくないわ…ただの師弟のような間柄よ。とりあえず、いくら静かに時を過ごしても未来は変わらない。ならこちらから変えてしまえばいい、って考えに至ったの」
悪戯っぽく笑うと鏡を眺めた。
「一応は神さまと呼ばれる人が悪魔と契約なんて、世も末よねえ」
「大丈夫なんですか?未来が変わると、元いた人たちとか歴史が色々おかしくなるんじゃ…」
「分からない。さすがに私でも予測はできない。知っているのはあの悪魔だけかもしれない」
「まあ、…」
とんでもない賭けに出たものだ。外で鶏と遊んでいるパビャ子を二人で眺めるしかなかった。
何回か出てきたアッター・アンテロープさんが再び登場しました。




