りまぶぃてあすんあなさんとはなす
サクメイさんシリーズのちょっと逸れた所にある話です。
乎代子は久しぶりに栄養素満点な朝ごはんを食べた。味噌汁と焼き鮭、白米。漬物。
理想の朝ごはん。
調理してくれたのはギャビーという、これまた幼い人だった。彼女はブカブカの白いスーツと斑なブロンドヘアーという、日本人離れした外見をした彼らからしたら異端に見える。顔つきも美人が溢れる職場では馴染み深いアジア人に近しい相貌で、接しやすい。
オドオドしつつも、頑張って作りました、とテーブルに置いてくれた。
「美味しい…ギャビーさん、和食得意なんですか?」
「い、いや…日本料理を作る動画を見て作りました。厨房はありますから」
動画とは…。今どきな人である。元々この建物はドライブインだったらしい。
「センスありますよ」
「う、うれ、れ、嬉しいです…」
恥ずかしそうに破顔した少女は、モジモジとこちらを見つめていた。
「どうしました?」
「あ、あのっ…無理なさらないでくださいね…誰かに合わせる必要は…あ、ありませんし」
虚をつかれた。箸を止めてしまい、乎代子は戸惑う。
「こちらに合わせなくても…いいですからね。誰かに染まらなくて良いんです…」
「あ、あはい」
清楚凪 錯迷もサリエリも、パーラム・イターもこちらに願望や意図を突きつけて、それきりである。置いてきぼりにされた自分の気持ちはまだ混沌としていた。
「す、すいません!恥ずかしい!」
「いえ。少し整理できた気がします」
「よ、良かった。疲れてひどい顔をしているので…何か、言ってあげたくて…」
「ありがとう…」
まともな励ましを与えられ、どう受け取っていいか分からず、小さい声で礼を言う。
「あ、貴方がパーラム・イターの容物だと、教えられました…容物にされた方は、たまったもんじゃないですよね…」
「ああ、知ってるんですね」
「はい…この世の者でない部類は容物がないと、此岸でご飯が食べらないので…あ、そうじゃなくてっ」
白米を咀嚼していると、ギャビーは小さく呪文を唱えた。
「अहङ्कार。日本語よりに言うと、アハンカーラ…」
異国の言葉。パーラム・イターが唱えた言語と同じなのだろう。
「私は私。そういう意味です…パーラム・イターさんに負けないように、頑張ってくださいっ」
そそくさと、彼女はそう言い残していなくなった。
(アハンカーラ…か)
私は私。乎代子は、洞太 乎代子。
当たり前で崩されそうな常識。
(あの人、ストレス溜まりそうな人だったなぁー…)
乎代子は暇を持て余している。清楚凪 錯迷やらがいつやって来て、殺害されるか分からない。だから息を殺し隠れるしかない。
一方、パビャ子は大自然の中、獲物となる野生動物を探し回っているらしい。たまにラファティに捕獲されて文句を言っているのだと、噂で聞いた。
対してこちらはたまに自然を愛でたり、廃道を歩いてみたりするだけである。地元民もいない寂しげな道は山の奥へ続いている。かつては国道として使われていたのだろうか?
ぼんやりと標識を眺めていると、人の話し声がした。人気のない廃道付近に民家はない。まさか…と興味本位で音源へ向かうとギャビーの後ろ姿があった。
「あ、ギャビー…」
「…ああん?こちとら今忙しいんだよ」
邪険にあしらわれて呆気にとられていると、ハッと彼女も正気に戻った。
「あー…」
電話相手に何か言うと通話を切り、気まずそうに視線を泳がせた。
「オフレコで…」
「ギャビーさん。二重人格なんですか?」
それはそれで面白いが、彼女はだるそうに首を横に振った。
「いや、ちげー。芝居で乗り切ってるだけ」
「…なんかキナ臭いですね」
「マジ周りに言わないでよ。バレたら相方がうるさいんだ」
懇願され、仕方ないと周りを見まわした。誰もいない。
「パーラムは起きてんの?」
「いや、そこまで分からないです」
中にいる迷惑女が生活しているなぞいちいち理解できたら気が狂ってしまいそうだ。その言葉を聞いて少なからず、ギャビーは安堵したようだ。
「あのさ…パーラムの件には深入りしたくねーのよ。どっちにつくだとかさ。めんどくさいんだよ」
(あー、羨ましいな)
自身もその立場だったらいいのに。
「一応、アレには悪意は感じねえんだ。むしろ好印象。自分を貫く、って透明だろ?そーいうのは好きなんだ…まあ、アイツもオメーを掌握しようと企んではいるがな…」
「透明、ですか」
誰にも染まらない。確かに透明とも捉えられる。
──誰かに合わせる必要は…あ、ありませんし。
芝居をしている時も彼女はそう励ましてくれた。
「嫌いなの。ああいう押し付けがましいヤツらがさ。だから洞太 乎代子。流されんなよ」
だからあのパーラムと同じ言語のオマジナイを教えたのだ、と彼女は言う。この人もこの世の者でない部類なのだろうが、あまりにも人間臭い思考回路だ。
「今回はビックチャンスでよ。逆さ牛の持つ鏡を手に入れられるかもしれないんだ」
「逆さ牛?何だそれ?都市伝説?」
牛は様々な曰くがある。牛女や件。しかし逆さ牛なる怪異は耳にした事がない。
「まー、そんなん。清楚凪 錯迷と逆さ牛は繋がりがある…!」
「は、はあ」
「間違えて割っちまったあたしの鏡の代わりになるかもしれねーし!」
「はー、ギャビーさん専用の鏡があるんですか」
「ま、まあ。便利な鏡を持ってたんだけどよ…急いで走ってたら…あ、やべっ!ああ、もう!」
白熱してしまった自らを恥ながらも、彼女はマジックのように名刺を差し出してきた。それもファンシーな模様がプリントされた。
「ふ、ふぁ…ファンシープリティランド従業員のり、リマブィテアスンアナ・ダッチバーン・ディスピピアンス…っていうんだ。これは秘密にしてくれ」
ファンシープリティランド。女児向けの賽の河原があるのだろうか?
「秘密にしてくれれば消さないからよぉ。頼む」
「も、モチロンデス…」
ギャビー・リッター(リマブィテアスンアナさん)は意外とまともな部類に入ると思います。彼女の職場が狂ってるので。




